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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

森の問題

パタゴニアの深い森に住んでからというもの、色々な事が起きて日々生かされている奇跡を感じる。
分かりやすく言うと、今住んでいる場所は、富士山の麓に広がる青木が原樹海の真っただ中に住んでいる感じ。
家の中からは富士山そっくりのオソルノ火山が見渡せ、これまた河口湖そっくりのジャンキウエ湖がたおやかな湖面をたたえている。
去年の12月に南米のチリ・パタゴニアの森に来てから最初の問題は、電気、水のライフラインの確保だった。チリは銅の輸出が好調でバブルに浮かれていた。が、それは首都のサンチアゴの話、僕たちの住むエンセナーダ村(プエルトバラスから50キロ)の森には、昔ながらの生活が息づいていた。
電気が止まることはしょっちゅう、大雨が降れば森の葉っぱが管につまり水もストップ、そんな時はローソクに火を灯し、雨水をため、用を足しに森の茂みに出かけた。
パタゴニアの冬は雨の季節。毎日水が出ない日が続き、自然と水が出るときに大鍋や小鍋に水をためる習慣がついた。
そして、昨日は、初の雷が我が家を襲撃した。今までどれだけ台風のような雨と風が吹いても、雷だけは無縁だった森がついに豹変した。パタゴニアらしい暴風が吹き荒れ、家がよろめき、大雨が降り、そして雷が半径1キロ以内へと入ってくる。
ビカビカッと光ってから、3秒以内にドカドカーンとなる。音速が約333m/秒だと考えても、もう間近に迫ってきた。
初めて見る雷の森に見とれ、そして雨はやがて静かになっていった。
今朝起きると、やっぱり電気が止まり、なんと昨日の豪雨で車の中に雨が漏っていた。
おいおい、と水をかき出し、暖房をかけて運転座席を乾かす。本当はドライヤーを当てられれば良いんだけれど、何よりも電気自体が止まってしまっているので、どうしようもない。
電気会社に連絡をすると、付近のすぐ近くのペトロウエ村に雷が落ちて、電線が切れたらしい。
復旧までしばらく時間がかかるとのことだった。
郵便の問題もあった。近くの町で私書箱を作り、日本から送ってもらっても、半分が到着し、半分は何故か届かない。
日本で当たり前だったことが、異国に住むことで、全て奇跡のように思える。水があって、電気があって、郵便が毎日確実に届く。これって、よく考えると凄いことのように感じてしまうのだ。
今も電気は無い。でも、それはそれで良いのかもしれない、とも思う。
無いなら、無いということを楽しめば良いのだから。こんな日は、森を散歩し、生命賛歌をしなさい、、、と言われているような気がしてならない。
                                 ノムラテツヤ拝

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パタゴニア | コメント:2 | トラックバック:0 |

根源の世界

チリに住み始めて、1年2ヶ月が過ぎようとしている。
住み始めた頃は“言葉が違う”、“食材が違う”、“生活習慣が違う”など、日本との違いばかりに目を奪われていた。
けれど、夏、秋、冬と季節が移りゆく中で、少しずつ心の中で変化が起き始めた。
夏、大空に向かって手を広げるように伸びる木々たち。
秋を迎え、葉は色づき、やがて舞い落ちる。葉の積もった大地からは、キノコがニョキニョキと顔を出す。霜が降りた冬の朝、凛とした空気感の向こうに雪山が連なり、夜には無数の星が光り輝く。
どこか懐かしさを感じる風景を前に、生まれ育った岐阜と何も変わらないものが、僕のまわりを包んでいたことに気づかされた。
パタゴニアの自然と日本の自然、植生や多様性は全く違うけれど、植物たちは太陽の光を受け、地球を循環する風に揺られている。古来から続く生命の営みは国を越え、つながり、やがて一つになっていく。
人種の場合はどうだろう?
皮膚の色が違う、話す言葉が違う、食べ物の好みも違う。それでも家族を想う心、異邦人を迎え入れるもてなしの心、屈託のない笑顔、不正に対する憤り、それらは、僕たちと何も変わらなかった。
パタゴニアの森の中に住んで感じたこと、それは「全てのものは同じ」という想いだった。差異を見つけるのは刺激的で面白い。けれど、同じものを見つけ理解し、お互いを尊敬し、愛していくほうが、より重要なことのように思えてくる。
日常のふとした瞬間、言葉が泉のように湧き出てくることがある。言葉は次々と現れ、どんどん流れていってしまう。僕は慌ててそれらを日記に書きとめる。
「ひょっとして、全ての言葉はすでに、空気中に刻まれているのだろうか?」
どの言葉を掬うかは、そのときの自分次第。掬い取った言葉は「石ころ」程度のものかもしれないが、何だかとても大切に思えてくる。
写真の一枚一枚を撮るときも同様な感覚を覚える。ファインダーをのぞき、構えていると、自然の方からシャッターを押してくれる瞬間があるのだ。
そんなとき、写真は「撮るものではなく、撮らせてもらうもの」だと教えられる。
言葉が溢れ出るとき、シャッターが押されていくとき、自然の深遠に潜む何かとつながっているような気がしてならない。僕は成長の過程で、自分を規定するフィルターをたくさん持ち過ぎているのだろう。でもそれらが何かの拍子でふっと溶け去ったとき、地球の根源にある古い記憶とつながってゆく。人はみな、根源を一つにし、見えない計らいによって生かされているのだ。
生命は、今日も絶え間なく巡ってゆく。
                                ノムラテツヤ拝

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パタゴニア | コメント:2 | トラックバック:0 |

我が家の家訓

「10歳で一人旅に出る」
これが我が家の家訓だった。
「てつや、自分で時刻表を調べて、一人で泊まって、見たいものを感じておいで」。 
10歳の誕生日を迎えたある日、突然父は一万五千円を僕にくれた。でも僕は一人旅を拒否した。
だって一人で行くなんて、とっても寂しかったから。
「でもてつや、これは家の決まりだから」。
この言葉で僕は、しぶしぶ家を出ることになった。
時刻表を片手に向かった先は、飛騨古川。何度も道に迷いながら、白壁の古い町並みをオロオロと歩く。横を流れる用水には鯉がユラユラ流れていた。オレンジ色の夕陽が大地に沈む頃、飛弾古川ユースホステルへ到着。
旅先の我が家・ユースホステルの挨拶はいつでも同じ。「ただいま」すると中から優しそうなおじさんがニッコリ笑う。「おかえり、よく来たね」。
窓の外に広がる、普段見慣れない夜景を見ていると、僕は自分のいる場所がまったく分からなかった。ただ鼓動だけが、日常よりも早く動いていたのは今でも覚えている。 
夕食の時間、僕は世界中を旅している27歳のお兄ちゃんと出逢うことになる。お兄ちゃんは10歳の僕にも分かるように、自分の体験談をおもしろおかしく語ってくれた。
「なんて世界って広いんだろう」
話を聴くうちに目の前の壁が、ぱぁ~っと開いていくような衝撃を受け、それをきっかけに、僕は少しづつ旅の虜になっていった。アメリカ、カナダ、アラスカ、ネパール、ケニア、南極、そして南米へと旅は続き、その中で出逢った沢山の友人と大自然の風景。
もしあの一人旅がなければ、僕はいま、このパタゴニアに足を踏み入れる事は無かっただろう。
そして10歳のときに感じた「旅」の自由さ、「出逢い」の面白さこそが、今も旅をする原動力になっている。
                                  ノムラテツヤ拝

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パタゴニア | コメント:0 | トラックバック:0 |

パタゴニアの静かな森に住んで

12年前、僕は初めてこの地に足を踏み入れた。
南米大陸の南緯40度以南、チリとアルゼンチンの両国にまたがるパタゴニアだ。北部には富士山のような鐘状火山や多くの湖が点在し、
南部には天を突き破らんばかりの尖った岩峰や真っ蒼な氷河が立ちはだかる。
写真家という職業に就き、世界60ヶ国の自然を撮影する中で、僕は何度もパタゴニアに出かけシャッターをきった。
32歳の時、僕は旅人としての撮影ではなく、定住者としての視線を求めるようになっていた。
「世界で一番美しい自然の中に住み、じっくり腰を据えて撮影したい」
2008年1月、結婚を期にパタゴニアへ移住することを決めた。妻のアキコさんも自然が好き。「何だか面白そうね」と賛同してくれたのだった。
チリの首都サンティアゴから車で1000km南下し、ロス・ラゴス州の州都プエルトモンへ向かった。ここからジャンキウエ湖畔を走ること
65kmでエンセナーダ村へ到着。更に森の中の砂利道を6km進むと、小さなログキャビンの我が家が見えてきた。
新婚生活はパタゴニアの森の中で始まった。

パタゴニアに暮らすにあたって、まず頭を悩ませたのが『食』の問題。
不味いのだ。
南米は全部で13ケ国からなるが、その中でもチリは最も味に無頓着とされる。
しかし食材を見渡した場合、南北4000kmの海岸線を持つチリは、とても恵まれている。フンボルト寒流に揉まれた魚介類が大量に水揚げ
されるのだ。中でも我が家から70km離れたプエルトモンには、屈指のアンヘルモ漁港があり、サーモンやウニの大部分はここから日本へ輸出される。品質は寿司ネタとして使われるから折り紙つき。しかし問題は調理の仕方だった。
美味しそうな焼き魚の匂いに誘われ、アキコさんと一緒に漁港食堂へ入る。注文を取りにきたおばちゃんに、お勧めの料理を頼むと、出てきたのはケチャップが大量にかけられた焼きサーモンに、ソフトクリーム型のマヨネーズが乗っかった蒸しアワビだった。食べた瞬間、吹き出しそうになる。味付けに塩や胡椒は殆ど使われていなかった。
この12年間、僕は旅人としてパタゴニアを何度も行き来したが、この恐怖の塩抜きケチャマヨぶっかけスタイルを、チリ人は変えようとしない。
「こうなったら自分たちで作るしかない!」
僕達はすぐに食堂を出て、漁港市場内を物色した。そこには獲れたて新鮮、身の締まった艶やかなサーモンが数百匹も並べられ、コングリオ(アナゴ)が店先に暖簾のようにぶら下がっている。ムール貝は大中小のサイズにそれぞれ区分けされ、日本の3倍ほどもある巨大なアサリは、ピラミッド型に積み上げられていた。目を見張るのは値段の安さ。貝類はどれでも1kgで100円、ウニは大瓶に身だけがビッシリ詰められ800円、サーモンは一匹(2kg)700円。旅行者が教えたのか、市場のおじちゃん達は口を揃えて「ウニ!ウニ!」と日本語でけしかけてくる。迷ったあげく、ムール貝とアサリを1kgずつ、ウニの大瓶一本にサーモン一匹を購入した。
それから連日、ログキャビンの小さな台所が、慌ただしくなった。
前菜はスライスした紫玉ねぎとウニを混ぜて、塩、胡椒、かぼすに似たレモンの汁をかけてセビーチェ(マリネのようなペルー料理)を作り、メインは下のサフランライスが見えなくなるほどムール貝を敷き詰めた海鮮パエリア。それに合わせるのは、渋みが残るカベルネ種のチリ産ワインだ。
別の日には、日本で一本5000円以上するチリ産白ワインをふんだんに使い、巨大アサリを蒸す。現地産の大きなニンニクで風味を付け、アルデンテのパスタを絡ませるとボンゴレビアンコの出来上がり。たっぷりのサラダと共に、残った白ワインを頂いた。
食材はどれも大ぶりな割に味は繊細、あまりの美味さに放心してしまった。
麺フェチの僕のお気に入りは「カベーヨス・デ・アンヘリカ(天使の髪の毛)」という名の最も細いパスタ。これを茹でてアンデスからの雪解け水に浮かべると、食感はまさしく冷や麦に。自家製めんつゆに付けて、キャビンデッキで啜る味は格別だった。
「パタゴニアに暮らすことで、初めて見えてくるもの」
それは、日本で当たり前に買えるものが、パタゴニアには無いという現実。現地の大豆を使い、苦心の末に“チリ納豆”も完成した。
思考し、試行し、至高の納豆が出来上がる。これぞまさに嗜好品だった。
地元の食材を頂き、身にしみ渡らせるほど、僕たちは少しずつパタゴニアの大地に近くなっているような気がした。
 
18~32歳までの15年間、僕は「自分にとっての世界一美しい自然」を求め、世界中の秘境、辺境へ撮影に出かけた。アラスカ、カナダ、アメリカを皮切りに、南米各国、南極、ケニア、タンザニア、ネパール、アジアの国々を巡った。新婚旅行の世界一周では、チベットのカイラス山、中米諸国、モロッコのサハラ砂漠、南アフリカの花畑などを旅した。
美しい場所は世界中に無数にあった。けれど、僕はチリのパタゴニアに住む事を選んだ。決め手は、初めてチリにやって来た時の感覚だ。
どうしても忘れられない不思議な体験だった。
チリ最南端から南極行きの船に乗るため、僕はチリの首都サンティアゴを目指した。日本からマイアミ経由で40時間、窓際に座った僕は、東側の空にアンデス山脈の連なりを生まれて初めて見た。ザックからカメラを出し、写真を撮っていると、アンデス山脈最高峰アコンカグア山の端から真紅の朝日が昇ってきた。ファインダーの光景がぼやける。顔からカメラを離すと、涙が止めどなく流れ落ちて
いった。「大丈夫、何かあったの?」と隣の人が声をかけてくれても、涙が溢れ続けるのだ。嬉しいわけでも、悲しいわけでもない。
ただ無感情に落ちる涙。それが2度目、3度目の来訪でも同様に起こった。
「これは何かある」。
自分の心と体と何か関係がある。生まれ故郷以外にも、魂のふるさとのような縁の深い場所が、人それぞれに用意されているのだろうか。
バスでサンティアゴから最南端の町プンタアレーナスまで向かう途中、プエルトモンで2泊した。ここには富士山そっくりのオソルノ火山があり、僕は出来るだけ安く行きたいあまり、ローカルバスで火山の麓へ向かった。バスはある分岐点で止まり、僕を降ろし、別の方へ走ってゆく。ここから火山までは、自力で歩くしかなかった。天候は曇りから雨。そしてスコールのような大雨。突然止んだと思ったら、今度はダブルの大きな虹がかかった。赤橙黄緑青藍紫、七色の虹がクッキリと二重にかかったのだ。天候の移り変わりの早さ、迫ってくるような陰影の強い自然が、僕の記憶に深く刻み込まれた。

森の生活を始めて1年がたつ。
最近は季節の変わり目なのか、雨の日が多い。暖炉に薪をくべると、パチンパチンと火の弾ける音が響き、庭には今日も森の中からウサギとキツネがやって来る。デッキにハヤブサが舞い降り餌を探し、チリ松の幹をジャイアントウッドペッカー(キツツキ)がドラミングする。
この多量の雨が、湿度を含んだしっとりした豊かな森を作り上げるのだ。
一般的に、パタゴニアの大地は乾いたイメージがあるけれど、北部パタゴニアは、日本と同じような温帯湿潤の森が広がっている。
昼食をとってから、2人で雨の森を散歩した。
森の中でまず感じるのが空気の甘さ。そして腐葉土、木々、葉っぱなど森の香りが、晴れの時とはうって変わり存在感を増すこと。
森の色彩も、ひとたび濡れると、緑が発光しているように見えてくる。
ここ数日で一気に成長した地衣類たちを覗き込むと、白いものはまさに海中のサンゴのよう。その脇に“モラ”と呼ばれる木いちごが赤や黒い実をたわわに付けていた。
「帰ったらこれでジャムを作ろうか」と森の中へどんどん分け入ると、南極ブナに付着したコケが、雨粒を滴らせていた。まるで木々が緑の服を着て、これからデートに出掛けてゆくような、そんな気品ある華やかさがあった。
モラ摘みに夢中になっていたのか、いつの間にか雨は上がり、袋がいっぱいになる頃には、雲の隙間から陽光が差し込んできた。
雨の後の自然は、いつも魔法の光を見せてくれる。雫の光だったり、昆虫が背負った水玉の輝きだったり。雲は北から南へみるみる流され、背後には透き通るような青空が広がってきた。そして自然からの贈り物のように、大きなダブルレインボーが空にかかった。
「ああ、あの時の虹と全く同じだ」
初めてチリへ来た時に見上げたダブルの虹。12年前にバスを降りたオソルノ火山の分岐点から6km入ると、今、僕たちが住むキャビンに到着する。
雨上がり、森に光が降り注ぐ。
「この先にどんな美が待っているのだろう?」
僕たちは獣道を、光に導かれ進んでゆく。
                                     ノムラテツヤ拝

ダブルレインボー(c)
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雨の唄

「雨の日に散歩するなんて、今まで考えてもみなかった」
ここ10日間ほど我が家に滞在していた、世界一周旅行中のYくんの言葉に、僕たちも、森に住み始めてからの変化を感じていた。
パタゴニアの森には、連日のように雨が降り続いていた。
真綿のような霧が、樹木の間をうねり、ゆらぎ、流れてゆく。
キャビンのドアを開けて、デッキに出ると、空気はまず僕の額にあたり、それから鼻、唇をすべって、顎へ抜けてゆく。雨は天から線を描き、まっすぐ落ちてくる。深呼吸をすると、森の精気が粒になって、体中にしみ込んでくるようだ。
目を瞑って、雨の音に意識を集中する。
ログキャビンの屋根に、ピシャンと短い響きを残し、サッシからデッキへ“コオーン”と鮮やかに飛び散る雨。木々の枝から車のバンパーに“トントーン”と唄う雨。足下の大地には、ピチッピチッと水滴が吸い込まれてゆく。
更に耳を澄ませると、様々な響きが、何層もの重なりとなって聞こえ、空気に満ち満ちている。
大地をノックし、木々を揺らし、葉を細かく震わせる。雨粒のひとつひとつが音符となり、まるで壮大なオーケストラを奏でているようだ。
雨の日は、いつもより周りの景色が濃いように想う。
キャビンの西側にある獣道を歩くと、コケモモやムルタの実が、今にも落ちそうな雨粒抱いている。コケモモは赤、白、ピンク、ワインレッドの4色があり、味は氷砂糖のようで、甘党のチリ人は、これに目がない。 
大地からは、ぬめりを帯びたキノコがニョコニョコと顔を出し、腐葉土の甘い香りが、森の空気を浄化してゆく。昨日まで吹いていた強風はピタリと止み、フカフカのサンゴのような地衣類に、雨滴がシュワシュワとしみ込む音まで聞こえてくる。針葉樹のチリ松には、森に差し込む薄日のような細長い雨が、広葉樹の南極ブナには、太くまあるい雨が降る。ウルモ(ニレ)の葉っぱからは、“コツコツ”と雨の歩く音を聞いたかと思うと、ナルカスの巨大な葉には、“パッツパッツ”と水玉が弾け飛ぶ余韻を聞く。
前髪が、尖った剣のように、おでこにひっついてくると、もう頭から足の先まで全身ずぶ濡れだ。
小学校からの帰り道、大雨にたたられ見上げた鉛色の空や、友達と水の張った田んぼに入ってドロドロになった少年時代の記憶がふっと蘇ってくる。
森が奏でる、長い音、短い音、中くらいの音。
多様に重なり合う、高い音、低い音、中くらいの音。
雨の唄は、僕たちに木々の密度を教え、森の輪郭をクッキリと浮かび上がらせてくれる。
Yくんは「国が変われば、自然が異なれば、そこに響く雨音も違うんでしょうね」という言葉を残して旅立っていった。
誰にでも、雨の音を聞き分けられるような力が、もともと備わっている。
森の生活は、そんな大切な事実を気づかせてくれる。
                                  ノムラテツヤ拝

雨の唄(c)
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