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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

ペルーダック

カワエビ(c)

ペルーが好きだ。
パタゴニアの森から飛行機を乗り継いで、ペルーの首都リマへやってきた。
ミラフローレス地区のいつもの宿に荷を下ろし、早速愛すべき人と待ち合わせる。
「よぉ~、元気してた?」
敬愛する阪根ひろちゃんが、半そで短パンといういでたちで、やってきた。少し痩せられたかな?
「夏ですねぇ~」
「これがペルーよ。リマ晴れだな」
僕は、今までぺルーに20回ほど来ているが、砂漠の花が咲き誇る9月か10月に滞在することが多か
った。だからだろうか、リマという町全体がガルーア(海霧)に包まれた印象を持っている。
真っ青な空に、薄いイッタンモメンのような雲が流れてゆく。
「じゃ、行こうか」と向かったのは、ペルーリマのセントロ(中心街)だ。
ひろちゃんと一緒に旧市街に行くなんて、いつ以来だろうか?
リマは、ミラフローレス地区とセントロ地区があるけれど、一般的に治安が悪いとされる旧市街は、よほどの事が無い限り、現地民も近寄らないのだ。
「でも、今日は旧市街に行かないと食べられないものだから」
ひろちゃんに最初に逢ったのは、今から8年ほど前。
南米一周の一人旅をしている途中だった。ペルーの地で、何度美味しい食事に唸らせられたことか。
今なら自信を持っていえる。世界三大料理は、中国料理、フランス料理(イタリアも含める)、あと残りの一席はトルコではなく、日本、韓国、ペルー料理のどれか、だと。
それほど、ペルーには美味いものが溢れる美食の国なのだ。
ペルーの昼、と言えばセビーチェなどの海鮮ランチと相場が決まっているが、今回は中華料理だという。
「オレが今まで食べた中華料理の中でも突出してる店がペルーのセントロにあってさ。ペルー・ナンバーワンだと思う」
「ペルーのナンバーワンなんですか?」
「いや、ごめん、違うな。香港のY酒家よりも美味しいかもしれない」
その言葉を聞いてのけぞった。Y酒家と言えば、香港の名店中の名店。そこよりも美味しいお店がペルーの旧市街にあるなんて。南米13ヶ国には、少ないながらも中華街がある。その筆頭がブラジルとペルーだった。
旧市街の昼は、やはり雑多な香りに包まれていた。森の鮮烈な空気感に慣れていた自分は、匂い
の多様性に、鼻をクンクンさせてしまう。
アバンカイ通りを抜けて、偽造証明書屋さん、子犬からイグアナまでの違法ペット屋さんなどを横目に、カポン通りに入ってきた。カポン通りの両脇には中国の建物、食材屋、レストランなどがひしめきあい、漢字がありとあらゆるところに溢れている。そんな中を迷いなく歩くひろちゃんは、半そで短パン。もう現地の中華人にしか見えなかった。
「ここだよ、ここ」
レストランKの前でひろちゃんが立ち止まった。
ショーウィンドーの中に吊るされた焼きものを見ながら、左手の階段を上ってゆく。2階には、いるわ、いるわ、満員御礼のお客さんの8割は中国人だった。
テーブルに座ると、赤と黒のチェック服を着たボーイがやってくる。
「いつものヤツ」とひろちゃん。
ボーイは、すぐに裏手に下がり、ビールを3本持ってきた。
「ここはさ、昔から知ってたんけれど、この前久々に来てしみじみ食べたんだ。う~んと唸って、また4日後にまた来て、しみじみとさ」
ビールで乾杯し、ひろちゃんの四方山話に、耳を傾けていると、さっきのボーイが飴色の物体を運んできた。今日のメインは“北京ダック”だった。
ペルーダック(c)

「オレが今まで食べた中でも、この店のは極上だ」
ボーイがダックの皮を薄く薄く切り分けていく。自分も中国で4回ほど、この飴色ダックを食べたことがある。北京、広州でそれぞれ2回づつ。
北京ダックは薄く切るのが勝負。このボーイの技術は、見ていて気持ち良かった。
カリカリのビーフンというか、ベビースターのような上に、薄切りが丁寧に敷き詰められてゆく。
「まずさ、北京ダックって、美味しいとかまずいとか言うこと自体が贅沢なんだよ。だって日本に住んでて、北京ダックをしみじみ食べるなんてあんまり無いだろ。大抵の場合は結婚式とかの晴れの日に、ちょっとつまむくらいでさ」
「そうですよね。でもこの北京ダックって、何で中華料理でこれだけ有名になったんですか、最初に作られたのは、いつ頃なんでしょうね?」と早速疑問を人間トリビア、知的文化遺産の阪根ひろちゃんにぶつけてみる。
「やっぱりまずは宋の時代だろ。あのときにコークスが産まれてから、中華の料理が激変したのは間違いない」
中華は火力が命。その火力の元がコークスだった。
「そこに北京という土地柄、いろいろなものが集まってくる。アヒルの有名な産地から送らせ、宮廷料理として完成させたんだろうなぁ」
おつまみに、米粉のクレープを食べながら、更に話を聞く。
完成(c)

世界三大料理は中国、フランス、トルコと言われている。が、どれもその料理は宮廷料理が発祥とされ、宮廷に仕えた人たちが、やがて庶民に味を伝え、それが僕たちの口に入ってくるという流れなのだ。
テーブルの上に置かれたネギがこれまた可愛い。ネギを小さなピーマンの輪切りで束ねてあるのだ。ピーマンをはずし、ネギを割く。
ネギの出し方(c)

そしてトルティーヤみたいな薄い皮に、薄い北京ダックを乗せ、上にネギを載せ、辣と呼ばれる香辛料を付けて食べる。
包んで(c)

頂く(c)

「んっ、んっ、上品ですねぇ」
「そうだろ、ここのは油っぽくなくて、上品極まりない」
くどくないので、何個でも行けてしまう。
そして次に出てきたものに、僕は目を丸くした。
レタスの上に輪切りのアスパラ、ニンジンとセロリとズッキーニのみじん切り、そして黒い肉のようなものがピラミッド型に積まれる上に砕かれたカシューナッツがまぶされている。
ペルーダックの肉(c)

「何ですか、これ?」
「さっきの中身だよ」
中国で何度も不思議に想ったことはココだった。北京ダックという料理を頼むと、悲しいことに殆どの場合「皮」だけ出てきて、ダックの中身は出てこないのだ。が、ペルー中華は、中身も北京ダックという料理の枠に含まれているらしい。
それらを、辣につけて食べた瞬間、口内に多様に広がる味に、僕は沈没した。
ペルーはアマゾンを抱える国。そのアマゾンからこのカシューナッツは運ばれてきているのだろう。味が違う、味の深みが。中国の華、北京ダックの肉をこうやって出すこと自体が、僕にとって初体験だった。
無我夢中で食べる。
「てっちゃん、ビール飲むのも忘れてるよ」とひろちゃんがコップを空けるように促す。
ほんと、ほんと、忘れてました、照れ笑い。
まさに犯罪の味だった。
「てっちゃん、美味しい北京ダックを食べたけりゃ、ペルーに来なきゃな」
スペイン語で、北京ダックのことを「パト・ペキネス」という。
「ここはペルーだから“パト・ペルネス”だな」とひろちゃんが、ふうわり笑った。
頭がボーっとなり、椅子に根が生えてしまったよう。
僕はしばらく動けなくなり、ただ、ただ、味の深みを体中に沁み渡らせた。
確かに美味い。皮と肉、この両方だと、僕も同感。今まで食べたどのペキンダックよりも、ペルーダックのほうが美味かった。
ペルーは奥深い。今回の旅は2週間を予定しているけれど、文化と味の旅になりそうだ。
帰り道、ひろちゃんにピスコサワー発祥のバー「ホテルM」に連れていってもらい、昼下がり午後に、レモン色のカクテルを飲んだ。
そして、夜がまた凄かった。
ひろちゃん宅に招待されて、今度は海鮮攻め。
その前に、お酒攻め。
「まぁ、ペルーは田舎だから、こんなお酒しか用意できないんだけれど」
出されたのは、何とジャパンが世界に誇る日本酒「洗心(せんしん)」だった。
ペルーで銘酒・洗心って・・・・・。
「こんなのもあるけれど」と福井産の「梵」まで出てくる。
ほんと、とんでもない家ですこと。
久しぶりの日本酒を啜り、その後は見たこともないチリ産のワインを。
テーブルの上には、巨大な川エビを蒸したものと、さっきまで生きていたワタリガニのカングレッホが並ぶ。そしてひろちゃんの親友トシさんのところからお寿司も届けられた。もう僕の目なんか、キランキラン。
デザートはマラクーヤ(パッションフルーツ)とチチャモラーダ(トウモロコシの発酵酒)のクレモラーダ(アイスクリーム)で締め。
美味しい食事と美味しいお酒、気の置けない人たちとの楽しい会話。世の中にこれ以上の幸せってあるんだろうか?
僕の体は幸福感にボワンと包まれ、時間は緩やかに、夜はしっとりと更けていった。
                               ノムラテツヤ拝
ワタリガニ(c)
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光を蒔く人

ちょうど8年前、僕は南米ペルーで“光を蒔く人”に出逢いました。
僕の憧れの人を、その時に文章にしたものです。

『光を蒔く人』
「若いときに外国を旅することは、世界の目線を体で感じ、日本を再認識することにある。大切なのは自分の中で変化を生み、周りを少しづつ良くしてゆくことなんだ」
こんなエッセンスを僕に力強く語ってくれるのは、ペルー在住、天野博物館事務局長の阪根博さん。
「体験を経験に変えるのが旅の醍醐味」ときっぱり言い切るその雰囲気に、まばゆい力が煌めいていた。
「博さんの持論、教えて頂けませんか?」
ワイングラスをクイッと傾け、僕の目をしっかり見つめながら答えてくれる。
「誰に何て言われようが『自分に真っ直ぐ』『純粋に突っ走る』しかない。そんなうまい話ないってよく言われるけど、そんなことはねえ。真っ直ぐ、純粋に、自信を持って進めば、必ず助け船を出してくれる人がいる。『直球は正しいんだよ。直球は強えんだよ』そこに迫力があるから、変化が生きてくる。今を完全燃焼、思いっきり突っ走れ!」
彼はずっと後に生まれて来た自分に、何か大切なバトンを渡すように語り続けてくれた。
「いつの時代も同じこと。現代がもしも違うなら、それはみなが種まきをしなくなったことだろうな。人と人が利害関係なしに出逢い話し合う時間と空間。ここにこそ生まれる人の種まき。一、二年じゃ人の芽はなかなか出ないが、十、二十年続けてゆくときっと発芽するはずだ」
博さんは、ペルーを愛する人なら誰にでも力を貸してくれる。まるで自分が虜になったペルーの大地へ恩返しするかのように・・・。
その数は年間数百人にのぼるというから驚きだ。
正に彼は「光を蒔く人」だったのである。
生きとし生けるものは、いつか土へ帰り、また新たな旅が始まってゆく。そして最後に力を持つのは生命の種をいかに蒔き続けてゆくかという、シンプルなことなのかも知れない。
阪根博。
彼は「光の種」を心に蒔くことで、未来の土壌に希望の花を咲かせていた。
                                    ノムラテツヤ拝
ローマスの休日(c)
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