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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

南米のツタンカーメン

チクラヨの町(c)

ペルー北部に、まばゆいばかりの黄金文明がある。
名はシパンと呼ばれ、“月の家”を意味する。
今現在は5000年前の遺跡も見つかっているが、一般に学ぶアンデス文明の歴史は3000年だ。
アンデス文化=アンデス山脈を指すけれど、実は海岸が重要なのだと最近の研究で分かってきた。
プレインカ時代の海岸文化と言えば、パラカス、ナスカ、ワリなどが有名だけれど、北のチクラヨ周辺(北の海岸)には大きなモーチェ、チムーなどの帝国があった。
その中でも、最も重要な場所とされてきたのが“ランバジェーケ”。3000年前のチャビン時代から、ランバジェーケは文化の中心地として隆盛を極めた。
よくインカ帝国は黄金の文化と形容されることが多いけれど、殆どが山側ではなく北部海岸から産出された。主に砂金を集め、それを固め、黄金の文化をコツコツと積み重ねていったのだ。
チクラヨはモーチェ帝国を作り、数多くのピラミッドも建てた。
そんな中、ひとつの大発見が起こる。
モーチェの時代は、金銀が出るということで、墓は常に荒らされ、埋葬品の盗掘者が後をたたなかった。そんな中、チクラヨ在住の考古学者・ドクトル・アルバ氏が、シパンのワカ・ラハーダ遺跡を研究し、ほぼ無傷の墓を発見する。中からは黄金の防具に身を包んだ王様(有力者)が現れ、南米のツタンカーメン大発見とのニュース世界中を駆け巡った。一躍、時の人となったアルバ氏は、この王様をセニョール・シパンと名付けた。
発見者のドクトル・アルバ氏は、チクラヨ人の誇り、そしてぺルー人の誇り、世界の考古学者の憧れの人なった。ペルーで一番有名な考古学者と言えば、アルバ博士に他ならない。
日本でモーチェ文化のシパンが広く知れ渡ってないのは、やはりシカン文化の方を耳にするからだろう。
考古学者の島田泉先生が、バタングランデという場所でシカン・プロジェクトを始めた。
モーチェ(チクラヨ周辺)→チムー帝国(トゥルヒーヨ)へ時代が移行する中、空白の数百年(チムー・ランバジェーケスタイル)が存在する。島田先生はその空白をシカン時代と定義付け、発掘を進めTBSの協力のもと、遺跡の発掘に成功した。ということで、シパンとシカンは名前は似ているけれど、全く別物なのだ。
ペルー版ツタンカーメンを見つけた人、それが明日逢うことになってるドクトル・アルバ氏なんだ。と、ここまでひろちゃんが一気に説明してくれる。
「それとね、俺は確信してることがあるんだ。中米と南米はその時代、何らかの交流があったと思う。両方を繋いだ橋があったはずなんだ。チクラヨから少し北に行ったアルガロボの森は、深い森の中にピラミッドの遺跡がポツンポツンと見える。まさに去年一緒に行ったティカル遺跡と同じコンセプトだったんだ。てっちゃんは、そのへんどう思う?」
「う~ん、僕は繋がっているかどうかは疑問ですけど、中米の遺跡は一般的に荒くワイルド、対して南米は細やかでより洗練されている印象を受けます。その理由の一つは中米と南米の大地の違いかもしれませんね」
「楽しみだねぇ、明日はアルバ先生じきじきに案内してもらおう!」
ひろちゃんは、美味しそうにピスコをクイっと飲みほし、僕たちは部屋の電気を消した。
                                    ノムラテツヤ拝
ランバジェーケ(c)
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テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

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