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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

アルバ博士

王墓博物館(c)

「MUSEO Tumbas Real de Sipan」
シパン王墓博物館が、ランバジェーケにある。
チクラヨからタクシーで15分、博物館の外観は幅広い真紅の建物だった。
「まるでテオティワカンみたいな色ですねぇ」と僕が言えば、
「そうだな、この遺跡もきっと深紅だったんだろうな」とひろちゃん。
手荷物検査を受けて、中へ入ると、天性のガイド・ひろちゃんの腕がなる。
「まずシパンっていうのは、100年から500年の間に栄えた文化で、土器は形状によって一期から五期に分けられる。発掘される土器の8割が四期で、五期は見たとおり細やかな彩色がなされている。一期とか二期の土器は殆ど出土しないから、本当に貴重なんだ」
渦巻き土器(c)

それぞれの時代によって、土器の口の部分が少しずつ違う。考古学者はこれを見て、いつの時代のものか判断してゆくのだ。
シパンの人たちは、アンデス原産のルクマ、アボガド、パカイ、マカ、ジャガイモ、トウモロコシ、キヌアなどを食べていたのだろう。土器に沢山の食べ物が描かれ、作られていた。昔から食べているもので忘れてならないのは、エイ。僕がチクラヨの市場でスルメだと勘違いしたものは、エイのヒレだったのだ。ヒレを乾燥させてスライスし、それをセビーチェと共に添える。それが北の伝統的なセビーチェなのだと、ひろちゃんが教えてくれたっけ。
青銅で作られたエイの神様、カニの神様から、犬、リャマ、ダック、キツネ、ジャガー、サルなどが所狭しと館内に陳列していた。
像(c)

目が止まったのは、男性と女性がセックスしている土器。
アンデスの土器の中でそれは僕にとって初めて見るものだった。
「ひろちゃん、セックスしてる土器っていうのは、各地で見られるんですか?」
「う~ん、珍しいね。ここモーチェ時代はFとかAまでしている土器もあるんだよ」
写実的。モーチェはナスカ時代やチャンカイ文化のようにデフォルメし可愛らしい土器はあまりない。
あるものをそのまま丁寧に書き写してゆく、作ってゆく感じ。
モーチェの絵(c)

そして、目的のセニョールシパン(王)の墳墓のレプリカのセクションに入ってきた。
アドべで積み上げられたピラミッドに眠るシパン墳墓の時代、日本はちょうど卑弥呼の時代だった。
王墓は階段を作らず、傾斜のあるスロープを渡すことで、それぞれの階を繋いでいた。
シパンの王墓イメージ(c)

「あっ、さっき言い忘れたけれど、死人(骸骨)とセックスしている土器もあるんだ」
「死人と?」
「そう、これはモーチェを見る時にとても重要なんだけれど、モーチェの死生観には、ちゃんと死人の世界があるんだ。リアリティの世界。死んだ人は冥界に行き、時間は連続してる。そして現世と黄泉の国は日々交流を続けてるんだ」
「そのために、メルカドで見たようなサンペドロやアヤワスカなどのドラックがある・・・と?」
「そういうこと。こっちとあっちを行ったり来たりしてる」
黄金のマスク(c)

発掘された神官のミイラには、フクロウの金のネックレスがかけられていた。
「フクロウは戦争の神様、つまり軍神だな」
黄金、銅で作られた、細やかなビーズを使った首飾りや、コンチャ(貝)の首飾り、ピーナッツ型のネックレスなどを沢山見に付けている。
王墓の中には、中央にセニョールシパン、両脇に執事と軍人、上下に女性たち、それを囲むようにリャマなどが埋葬されている。軍人の足は逃げられないように切られていた。
「王様を守るため、生き埋めだな」
このシパンこそ、好戦的な民族に思えた。
チャチャポヤスの民が、本などでは好戦的と書かれるが、行ってみて思ったことがある。あれだけの雲霧林の恵みがあって、山々に囲まれてのんびり幸せに暮らしていたのに、インカの民が攻めてきて、それをひたすら守り切ったチャチャポヤス人。インカ側から見れば野蛮人に映ったかもしれないが、僕はきっとチャチャポヤスの人々は穏やかだったと思う。インカの歴史の中で、チリ南部のアラウカーノ族やマプーチェ族と同じく、インカ帝国から命を賭けて自分たちの大地を守っただけなのだろう。
シパン→シカン→チムーと移りゆく時代。この時代こそアンデス黄金文化のハイライトだった。
セニョール・シパン(c)

王墓を過ぎたところで、埋葬品の土器の中に、左手を胸に当てているものがあった。
「ひろちゃん、こんな土器ってチャンカイにありますか?」
「うんにゃ、無いね」
「何してるんでしょうね?」
「聞こうじゃないか、このセニョール・シパンを見つけた張本人に」
僕たちは約束の時間の1時間半前に、王墓博物館に来て見学している。
13時に、セニョールシパンこと、ドクトル・アルバ博士の家で、昼食にお呼ばれしているのだ。
「なんだかこれ、てっちゃんに似てないか?」
ひろちゃんが指した先には、カングレッホマンこと、銅でかたどられた巨大なカニ男が建っていた。
似てるかどうかは分からないけれど、たまらん。 確かに惹かれる神様だった。
そして最後の部屋では、セニョールシパンとその家来たちの人形が自動で動き、ケーナやサンポーニャ、ホラ貝などの演奏があった。
時計を見ると12時50分。
僕たちは慌てて外に出て、手荷物を受け取り、レセプションへ向かった。
レセプションの女性がアルバ博士に連絡を取ってくれ、一足先にアルバ先生の家で待たせてもらうことになった。
博物館の裏手の大きな庭を歩いてゆく。道の両脇にはレッドペッパーがなり、赤い実がたわわになっている。400mくらい歩くとようやくアルバ博士の家へ到着。
表でアルバ先生の奥様エンマさんが出迎えてくれ、まだ5歳くらいの可愛い息子さんも手まねきしてくれた。
博士の息子(c)

しばらく家の中を案内してもらい、数々の名品に唸っていると、博士がいらっしゃった。
白いシャツに白いパンツ、白色で身を包み、身長は170cmくらい。顔にはトレードマークの髭が生えていた。逢った瞬間、胸が高鳴ってくる。どうしてだろう?
ひろちゃんとアルバ博士は、旧友のように握手をし、ひろちゃんが自分を紹介してくれた。
博士は早速ワインを持ってきて、グラスについでくれる。
奥様のエンマさんが、心をこめて作ってくれた中華料理を頂きながら、楽しい会話が始まった。
アルバ博士に色々と質問すると、ゆっくり考え、丁寧に答えてくれる。
シパンの建造物は、やはり真紅に塗られていたこと。
階段にせずスロープ状にするのはアドべの階段はすぐに崩れてしまうから。
チャチャポヤス族は、穏やかだったと思う。
アルガロボの森があったから、今もチクラヨ付近でカブリートが有名なことなどなど、アルバ博士の話される一言、一言に、耳を傾けた。
アルバ博士(c)

そして、博士の口から信じられない言葉が飛び出た。
「実は去年見つかったばかりなんだけれど、4500年前の遺跡が出たんだ。たぶん下の階は5000年前のものになると思う」
ひろちゃんの口がポカンと開いた。
「Vという遺跡なんだけれど、明日、連れていくよ」
あるんだ・・・・、やっぱり・・・・・。
チャチャポヤスから戻ってきた夜、ひろちゃんと話したことがある。
「なぜ北はこんなに豊かなのに、中央海岸(ひろちゃんたちのシクラスを含め、カラルなど数個の遺跡が4500年前から5000年前とC14で証明された)にだけ、5000年前の遺跡があるのか?なぜ北にはなく、中央だったのか?」
これが、今回の旅のキーワードとなった。
鳥模様(c)

そんな矢先、アルバ博士から、北にもそんな遺跡が発掘されたとの言葉。それもたった一年前のこと。ということは、中央と北は同時代に、拡大していったのか?
博士の答えは「中央海岸の遺跡にはロトンダと呼ばれるまるい祭壇があるが、北には無い。そしてピラミッドの作り方も全然違うから、北部と中央は同じじゃないだろう」だった。
話される博士の体に、空から金色の粉が降り注いでいる。目の錯覚なのか、そんな風に見えた。
ペルーという国は、何て夢のある国なのだろう?
文明が築かれたのは、最も古くてもメソポタミアから。が、実は旧大陸ではなく、新大陸から文明が築かれたのかもしれないのだ。歴史は常に変わってゆく。少なくともアンデスの歴史は今まで3000年の歴史と言われていたから、全てが大きく変わりつつあるのだ。
チクラヨを含む北は凄い。アンデスの海岸部のメッカがここに集中しているように想えた。
長男のナチョ、次男のブルノ君も食事に戻ってきて、話が尽きることは無かった。
「明日は、8時にホテルへ迎えに行くから」
ドクトル・アルバ博士は、にっこりと笑い、僕たちはタクシーに乗り込んだ。
                                    ノムラテツヤ拝
タコ男(c)
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