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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

エロティック・ギャラリー

さる(c)

今から46億年前、ビックバンによって地球は誕生した。
38億年前に最初の生命が誕生し、それから28億年前まで生物の性は単一で、全てはメスだった。分かりやすく言えば、人間の歴史の中で、3分の2はメスの時代だったのだ。
メスだけで、どうやって子孫繁栄をするのか? その答えは両性具有によるものだった。人間の歴史のたった3分の1だけ、オスは生きているのだ。
旧約聖書にこうある。
「ついに これこそ わたしの骨の骨 わたしの肉の肉 これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう まさに、男(イシュ)から取られたものだから。(創世記2:21‐23)」
が、本来は、女が男を作り上げたのだ。女性の方が3倍も長く生きているのだから。
常々、なぜトラブルや人生の転機になると、女性はどっしり構えているのだろう?と思っていた。
そしてなぜ、男性の方が世界中どこでも、寿命が短いのだろう?と。
今、その答えが、分子生物学や遺伝子工学でどんどん明らかになっている。ようは、簡単に言ってしまえば、やはり男性は精神的にも肉体的にも女性よりも弱いのだ。
それを自分の体で認めてしまうと、どうだろう、この爽快感は。
「男は人前で泣くものじゃない、男だったら、男らしさとは、武士道とは・・・・」
こんなものは、はなから、いらないのだ。
女性の方が強くて、男性は脆いものだから、男性は夢に向かって、ロマンを追う。
そんな事を考えながら、僕は一つの疑問を抱いた。
両性具有で良かった女性だけの世界が、どうして男性も存在させることになったのか?
今は男性と女性がいなければ、子供は出来ない時代に突入しているのだ。
「性教育」という難しい分野がある。
小学生の頃、体育館に高学年が集められ、女性だけがその後も残された時、僕は女性徒が羨ましかった。僕たち男には知られてはならぬ“秘密の授業”が開催されていると思ったのだ。
今から思えば、それは生理や避妊、セックスのことだったのだと推測できるが、無知で無垢(笑)な僕には、好奇心の炎が燃え盛るだけだった。
中学や高校時代の、体育の保健授業(性教育)もぎこちなかった。普段は威勢の良い体育教師が、急に小さな声で、ペニスやら女性器などと話すのだから。
僕は、どうしても女性の体を知りたかった。たぶん殆どの男子生徒はそうだったと思う。
あのときに、家の近くの産婦人科に恥ずかしながらも突撃しに行った自分を、今でも誇りに思う。
名をK産婦人科としようか?
モジモジしながら、玄関の自動扉をあけ、受付のお姉さんに言った。
「どうしても、あの、あの、院長先生に逢いたいんですけれど」
どうしてかは、分らない。でもお姉さんは何も言わずに、院長先生のところへ僕を連れていってくれた。
「どうしても女性の体の事を知りたいです。どうして子どもが生まれるのか、どこからどうやって生まれるのか?」
その問いに院長先生は、丁寧に答えてくれた。
あの時に確信したことがある。
性教育とは、教える側に恥ずかしさがあると、受けるほうもその恥ずかしさが伝染するということを。院長先生は、セックスのこと、出産のこと、避妊のこと、などを模型を使って分かりやすく伝えてくれた。女性の基礎体温、つまり“おぎの式”のグラフも、僕はその時初めて知った。
女性って凄い。こんなメカニズム、誰が作ったんだろ?
おぼろげに、そんな事を想ったのを、今も昨日のことのように覚えている。
世界がメスだけだった、女性だけだった時代のことは、また別の機会に書くとして、やはり性教育って大切なんだと思う。避妊とかは特に。何も知らずにセックスして、子どもが出来てしまう。そこに良い、悪いの判断は出来ないのだろう。けれど、知っていて出来るのと、知らなくて出来るのでは、何か違うような気がする。男性と女性が重なり合い、男性器のペニスを女性器ヴァキナに入れて、ピストン運動させることで、精子が出る。精子は膣の中を泳ぎ、我先にと卵巣へ到達する。それが1か月の間の運命の5日間の出来事なら、運が良ければ受精し、子どもが出来る。
野村家では、「親の仲が良いと子どもが生まれるんだよ」と教わった。
でもそのお陰で、僕は子供のいない家庭は、みんな仲が悪いと思いこんでしまっていた。
「仲の良い、悪いは関係ない。そういう行為をした結果、子どもは生まれる可能性が出てくるのだよ」
子どもたちに聞かれたら、こう伝えるようにしている。
ちょうど産婦人科の院長先生が教えてくれたように。
アンデス考古学を見渡した時、僕は以前から疑問に感じていたことがある。
なぜ、性の営みの土器や織物などが無いのだろう?
とても神聖で、大切な行為なはずなのに。
アンデス文明では、一般の人と違った形状、病気の人の土器がよく出てくる。日本では一般的に障害者と呼ばれる人たちだ。しかし、アンデス文明はその人たちを神のごとく扱った。自分たちと違うんだから、きっと神の使者、または神に違いないと・・・・・。
そんな高度な心を持った人たちが、どうして性生活を残さなかったのか?
埋葬する土器から、普段使う土器、奉納する土器、いろいろな形態があったはずなのに。
機が熟したのか、その土器たちが、ついに僕の眼の前に現れる時がやって来たのだ。
ペルー北部に起こったモーチェ文化は、写実的だった。
あるものを克明に何のデフォルメもせずに、そのまま正確に細かく描く。
闘うことも、食べることも、寝ることも、セックスすることも。
性生活の土器ばかり集めた博物館が、ペルーの首都・リマのプエブロリブレの一角にあるというのだ。リマのミラフローレス地区からタクシーに乗り、その博物館に横づけした。
「ラルコ博物館」がそれだった。
入口の大きなゲートが開けられると、中庭には、まぶしいほどの芝生が敷き詰められていた。
建物の色は白で統一され、ピンクや赤、黄色のハイビスカスが壁いっぱいに咲き誇っていた。足もとのプルメリアを見ながら、入口で入場料を払う。なんと1000円もする。
まずは3000年前のチャビン時代からの土器が並び、どんどん歴史が新しくなる。シパンで見たような黄金や銀のネックレスなども陳列していた。が、肝心の性なる土器はどこに?
館内の人に聞いてみると、2階ではなく1階だと教えてくれる。
スロープ状の坂を下りて、1階にゆくと、最初のインパクトが凄い。
入口に大きな文字で「エロティック・ギャラリー」と書かれているのだ。
ギャラリー(c)

中に入って、左手の土器からまず圧巻だった。男性の土器なのだけれど、男根のペニスが異様に発達し、体の半分くらいあるのだ。そそりたつとはまさにこんな感じだろう。
男性像(c)

そして次は動物たちの交尾の土器、猿が向かい合って重なる姿、鹿が正常位(対面男性上位・英語ではmissionary position)でする姿があり、この時代の人たちの見ていたものが浮かび上がってくる。
しか(c)

そして僕は次の土器に、目を奪われてしまった。
布団をかぶって男性と女性がしているのだけれど、この時代からもう膣ではなく肛門に男根を挿入していたのだ。
布団(c)

そして一番見たかったコーナーへ。
モーチェ文化では骸骨同士が、骸骨と生身の人間がセックスしている土器があるという。
まずは両脇を女性骸骨に囲まれ、ペニスを触られて微笑んでいる男性骸骨の土器。
がいこつ3兄弟(c)

そして、完全に黄泉の国に行ったであろう骸骨が自分の男根を、大切そうに持っているもの。
骸骨像(c)

そこには生と死の境はなく、その間の交流も盛んだったのか? と考えずにはいられなかった。
そして極めつけが、ペニスの裏に神様なのか、人なのか、顔が浮き上がっている土器。
かみさま(c)

全てのものが生き物で、全てに尊い“いのち”がある。まさに僕には男根の神様に思えた。
その脇には、これまた写実的な女性器の土器が。匂いたつような存在感を放っていた。
土器(c)

女性が男性のモノと口に含む行為や、性病に苦しむ男性土器など、怒涛のように続く。
性行為(c)

性病(c)

そしてラストの方で、僕は1個の土器に惚れることになる。
カップルの土器なのだけれど、二人ともとても朗らか、性に感謝し、性を楽しんでいるような土器なのだ。上から横から、後ろから、様々な角度から観察したけれど、僕はやはり下から見上げた感じが一番素敵な感じがした。
アンデスのモーチェの時代、今から1500年~2000年前の性生活が、土器として残っているこの希少性に、僕は感謝して、手を合わせた。
『隠されているものは見たい、知りたい、感じたい』
これは、どの時代にも共通する、人間の本性なのだろう。
                                    ノムラテツヤ拝
カップル(c)
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