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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

パタゴニアからの贈り物

ウルモの花(c)

パタゴニアの穏やかな日。
ウルモの花は満開のときを迎え、ハチがせわしなく蜜を吸いに集まる。
ラベンダーはそよ風に茎を倒し、葉っぱは乾いた音をたてて地面へ落ちる。
ラベンダー(c)

蝶々は空気を捕まえるようにして飛び、上空ではコンドルが優雅に舞っている。万年雪をまとったオソルノ山は、雲ひとつない快晴のもと、どっしりと鎮座している。
今日のオソルノ火山(c)

穏やかな春のような一日。季節は秋へ一歩一歩進んでいるというのに、たまにこうやって暖かい日がやってくるのは、心和むときだ。
洗濯物が、揺れる。
デッキの上を蟻が歩く。
遊びに来ているチャチャが、日陰で気持ちよさそうにまどろんでいる。
森のキャビン(c)

耳をくすぐる微風を受け止め、その音に集中して、目を瞑る。
すぐに瞑想の深遠なる世界がやってくる。
あれは、いつの事だっただろう。
故郷・岐阜の山々で、溢れんばかりのホタルが明滅を繰り返していた。
手を広げれば、そこにホタルが集まり、掬えば、ホタルのいのちは手の中におちた。
近くの畑でネギを一本抜き、その中にホタルを何匹も詰めてゆくと、天然の電灯の出来上がり。
車のハザードランプを付ければ、その明滅にホタルが何万匹も寄って来た。
明滅間隔は場所によって違う。東京は4秒、大阪は2秒。やはり早口の関西人に感化され、ホタルも明滅間隔が短いのだろうか?
岐阜はちょうど中間の、3秒間隔で明滅を繰り返していた。
その夜、ホタルを沢山集めて、車の中に放した。家に帰るまで、車はイルミネーションカーとなった。
庭に咲く花(c)

そう、あのとき僕は素朴な疑問を持っていた。
一匹のホタルが、おとうの運転する運転席の肩の部分から、飛び上がったのだ。ホタルは何事もなく飛び、また着地した。その行為が不思議でならなかった。
「車は時速80キロくらいで走っているのに、どうして虫には速度の影響を受けないのだろう?」
僕はひそかにホタルが飛びあがった瞬間、後部座席に吸い込まれるようにして激突するのを期待していたのだ。
年数がたち、その疑問の答えも、今なら分かる。
車が時速80キロに走っているその時、虫の羽にあたる空気の分子も、時速80キロで運ばれていたのだ。虫にこの80キロの分子速度は見えているのだろうか? いや虫はまったくそれを知らずに飛び、着地していると思う。
魚はどうだろう? 水の中で生涯を過ごし、水というものをまったく知らずに生き、死んでゆく。
生命とは「ある媒体」の中で生きている。それを乗り物と考えてもらっていいだろう。
人間にとって、その媒体は何に当たるのか?
空気だろうか? いや違う。人間は空気の中で生きていることを知っている。空気を感じることも出来る。ならば・・・と浮かんだものは「生命の流れ」そのものだった。
アラウカリア(c)

「生命」とは何だろう?  
それを突き詰めて考えてゆくと「時間の流れ」に辿り着くと思う。
今は2時、今は夜の9時、そんな時計が刻む分節的な時間ではなく、連綿と生きてゆく途切れることのない時間感覚。生命の律動が時間を作りだしているのにも関わらず、僕は時間の本質、実在を見ることも、感じる事もなく日々を生きている。
いのちは、時間というものの中にどっぷりと浸かっているために、自分が生きていることを実感できないと言い換えることもできるだろう。
「なぜ旅をするのですか? なぜパタゴニアで暮らすのですか?」
講演をした後、よくこんな質問をされる。
「興味を持った場所を自分の五感で感じてみたい。知らないことを知りたい」と僕はもっともらしく応えるけれど、本音は違う。
僕は生きている実感を追いかけているのかもしれない。秒針が刻む時間とは別の、もうひとつの生命の時間を。
「森の中で暮らしたい。自然の声に耳を傾けて日々を感じたい」
ここに暮らす大きな理由が、実は“生命の時間を体に刻みこみたかった”のだと今日、初めて知った。
パタゴニアの冬、大雨が降り、風速100キロの風が吹き、何度、自然に畏怖の念を抱いた事だろう。僕は自然の中でただ生かされるちっぽけな存在と知らされ、打ち勝てぬ自然を目の当たりにしたとき、それが日常のワンシーンだったとき、涙が頬をつたった。
嬉しかったのだ。
大いなるものが、この世を作った大いなるのも、サムシンググレートでも神様でも仏様でも、何でもいい。それらがこの世を作り、愛情という息吹で生命を作り、循環と律動の中で今この瞬間がある。
『生けとし生きる者は、例外なく今を生かされている』
雨に打たれながら、強風にしがみつきながら、僕は生かされている瞬間を、生命の時間を全身で受け止めたのだ。あれ以来、僕はどんな日でも、その背後に流れる生命の時間を感じるようになった。
あの瞬間、僕にその時間を感じるチャンネルみたいなものが作られたのかもしれない。
この一年半、パタゴニアの大地や森から、様々なものを教えてもらっている。
それが言葉として出てくるまで、少しタイムラグがあるけれど、今日もこの柔らかな風が、僕に何かを伝えている。
                                  ノムラテツヤ拝 
ハンモック(c)
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テーマ:自然の写真 - ジャンル:写真

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