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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

氷河クルーズ

昼食(c)

朝5時に起床。
6時前にコジャイケの町をレンタカーで出発した。
昨夜の雨も、バケツをひっくり返したような土砂降り。年間降水雨量がチリで最も多い場所というのも頷けた。朝方からは雨があがり、もう今は雲の切れ間から星が瞬いている。この天候の早さが、深い森を作りだすのだろう。
暗闇の中、カーブの多い細道をゆく。脇には瀧が流れおち、向かって左の河は濁流が爆発するように流れている。コジャイケからプエルト・チャカブコまでは70キロ。車で1時間15分の距離だった。チャカブコ港のドックへ車を入れる。両脇に大型コンテナの積まれた道をのろのろと進み、一番奥の駐車場へ止めた。そこに電灯に照らされたカタマランが入港していた。
カタマラン(c)

今日はチリ屈指のサンラファエル氷河を見に行くのだ。今まで数多くの氷河を撮影してきたが、殆どがアルゼンチン側だった。パタゴニアで写真集を作るためには、どうしてもチリのサンラファエル氷河を見ておきたかった。
夜明けが近づくにつれ、パウダースノーの風景が現れた。昨夜の雨は山上では雪だったのだ
7時20分、桟橋から船を意味するカタマラン号に乗り込んだ。船内は左3、中央2、右3の12列構成。最大乗車人数は96名の小型高速艇だった。そして2階もあるが、ここには進入禁止の札がかけられていた。
朝をイメージするブラームスの音楽が流れ、これからの旅の始まりを盛り上げてくれる。
外を見やると、1台、また1台とドックへシャトルが観光客を連れてくる。プエルトチャカブコか、ここから10キロほど離れたプエルトアイセンのホテルに泊まっている人が送迎してもらっているのだろう。ホテルとセットでこのツアーを申し込んでいる人も多いと聞いていた。
シャトルは船に横付けしお客を下ろす。参加者は上下のレインジャケット、帽子、手袋など厚着だった。
僕たちは船内の最前列に腰をおろした。内部には5つの20型薄型テレビが設置され、氷河の映像が流されていた。今日は満員になるのかな?
パタゴニアの観光シーズンは、バケーションシーズンと重なり夏の12月~2月と短い。3月は少しずつ減っていく月となり、サンラファエル氷河クルーズも週に2度しかない。一つは日曜日出発の老舗船舶会社「ナビマグ」。2泊の行程でクルーズするが、料金も高い。それに対し土曜日に出発するのが新興の「カタマランデルスール」。朝出発して夜に戻ってくるというお手軽ツアーだ。それでも値段は一人340ドルもするのだから、馬鹿にならない。
朝食、昼食、夕食、クルーズに関わるもの、飲み物のアルコール類がついているので、まぁ良心的な値段と言えなくもないけれど・・・・・。
今回の旅のハイライトが、カスティーヨとサンラファエルだから340ドルも喜んで出す。お金を使うときは、バーンと気持よく使いたいと常に想っている。使うときに、あぁ~勿体ないなぁ、お金が飛んでいってしまうと思って出費すると、その念がお金に浸みこんでしまうような気がするのだ。折角だったらいってらっしゃい、元気で巡るんだよ、と送りだしてあげたい。縁があって僕の手元に来てくれた大切なお金たちだから。
出航15分前の7時45分になると、大方の参加者が集まってきた。大体50人くらいだろうか。
周りが大分明るくなってきて、雲に輪郭が出てきた。
8時ジャスト、船は予定通り出発した。
まずはスタッフがクルーズ用のパンフレットを持ってきてくれる。そしてアナウンスで今日のおおまかな予定を教えてくれた。
「ここチャカブコ港から5時間でサンラファエル氷河に到着します」
窓を見ると風景は凄い速さで流れている。まるで鹿児島港から屋久島へ行く時に使う高速艇トッピーを彷彿とさせた。こんなに早く走って5時間もかかるんだ。改めてサンラファエル氷河の遠さを実感させられた。
機内食のような簡単な朝食が出される。パン、ジュース、スライスされたオレンジとメロン、マフィン、クッキー、そして紅茶。温かい紅茶が体の中に入ると、細胞に明かりが灯されたようにホッとする。
船の外に出るには、オレンジ色のライフジャケットをつけなければならない注意を受け、すぐさま装着、外へ出てみた。
さむっ。
肌を切り裂くような冷たい風が吹き、たちまち涙が出てくる。強い風を受けるとどうして涙ってこんなに溢れるんだろう?涙腺が刺激されるのだろうか、いつも不思議。
鳥は強風を受け、楽しむように旋回している。
飛翔(c)

それにしてもどうだろう、この海面は。
チリ南部の海岸線は、ほぼ全てがフィヨルド地帯だ。
空に雲がかかっているからか、海面の色は漆黒。そのキャンバスに鏡のように風景が映り込み、船は滑るように突っ切ってゆく。
黒い海(c)

雲が少しずつ流れ、青空も出てきた。
とにかく寒いので、撮影をそこそこして、船内へ退散。2階に行ってみると、そこはバーになっていた。4人がけの大きな椅子が10個、机にはナショナルジオグラフィックなどのマガジンも置かれていた。
手元の地図を見ると、今日の航路はまずアイセン湾を北西に向かう。ウェルカムドリンクのピスコサワーを頂く頃、船はカナルコスタ海峡に入り、ココから一気に進路を南にとった。両脇には小さな島々が見え始め、まさにフィヨルドクルーズと呼ぶに相応しい光景が続く。
外に出て、一枚、一枚、シャッターを切る。雨がポツリ、ポツリと降ってきた。まさかと思い振り向くと、湖面から虹が大きなアーチをかけていた。
虹と海(c)

遠くにサン・バレンティン山の氷河地帯が見えてきた。
深い原生林で覆われた周囲の森を見渡し、人影が全くないことに心が動かされる。
ここはきっと、動物たちの楽園なのだろう。
船は急に速度を下げ、アナウンスがなる。
「もう少しでオタリアのコロニーに着きます」
コロニーとは営巣地のこと。船が近づくと、森の中から沢山のオタリアが出てきた。
オタリアの営巣地(c)

いつも浜に寝転がるオタリアと違い、森の中からウジャウジャと出てくるさまは異様だった。そして何故か船が近づくと、崖から海へ大ジャンプ、腹打ちしながら次々と飛び込むのだ。
大ジャンプ(c)

船の音に気持ちが盛り上がってくるのだろうか? 観察していると、怖くて海に飛び込むという感じではなかった。
ジャンプ後(c)

オタリアはハーレムを作ることで知られている。マチョと呼ばれるひと際大きなオスは、メスを10頭くらい抱えている。大きさがメスの2倍のマチョは、出てくると流石に凄味があった。
船はまた航路に戻り、南下を続けた。
サンバレンティン山を始めとし、山脈が続く。
主峰のバレンティン山(4058m)、レオネス山、ニャデス山(3078m)、ピコラルゴ山(1948m)、ネバド山(1701m)の峰峰。トレスクルス湾を抜け、エレファンテス海峡へ。海面から4058mへ天を突くような山脈。これがフィヨルド地帯の醍醐味だろう。
バレンティン山脈(c)

海、原生林、森林限界と共に氷雪の世界、そして青空が何処までも続く。あれだけ厚かった雲は散り、よく晴れてきた。この辺は年中、降水雨量が多いので、有難い、有難いと頭を下げた。
「その地図、見せてくれるかな?」
チリ人のマルセロが、話しかけてくる。彼は首都のサンチアゴからやってきたと自己紹介した。
「あの山、4000mもあるのか?」
「そうみたい」
「何てツイテルんだ、ここが晴れて見える事は、滅多に無いみたいだよ」
マルセロの興奮が、僕の方まで伝わってきた。ほんと、有難いなぁ。自然はいつも最高のものを見せてくれる。天候の問題ではなく、その人にとって一番最高のものを、自然は用意してくれているのだ。
船の甲板から南極ブナの原生林を見ながら、僕はチリの昔を想像した。
昔は、植林も伐採もなく、みんなこういう深い森だったのだ・・・・・。
自然のものが、元からある姿で連綿と時を刻む。それは何て美しい光景なのだろう。
原生林(c)

海面に、氷河のかけらが浮いている。サンラファエル氷河が近くなってきたのだ。
キャプテンの腕の見せどころが、もう少しでやってくる。
僕は地図で何度も見た地形を、この目で見たかった。
エレファンテ海峡を南下してゆくと、青森の下北半島のような地形がある。斧のような形をした島の南部分がサンラファエル湾となり、その先端を船は通ってゆくのだ。
地図(c)

つまりフィヨルド地形は一気に狭まり、両脇ものの20mくらいの極小の海道を通ってゆく。
海が、青黒色から氷河湖のエメラルドグリーンへ変わる。
船は大きく回り込み、真っ直ぐ細い道へ入ってゆく。両脇に南極ブナが林立し、その間を進む。
海道風景(c)

そして先には、大きな氷山が浮いているのが見えてきた。
海面はさざ波の無い湖面のようになり、風景は雲も森も氷山も映し始めた。
この海道を過ぎた先に、サンラファエル氷河が広がっている。
                                   ノムラテツヤ拝
海道(c)
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テーマ:自然の写真 - ジャンル:写真

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