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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

氷の時間

崩落01(c)

氷山の一角とは、よく言ったもの。
海の上に見えている氷山の下には、10倍の氷の塊が沈んでいるという。その圧縮された氷塊が、日の目を見ることはあるのだろうか?
光と影、上と下、内と外、地上と海中。相反する2つの世界。重なり合う別々の世界。その間に惹かれる自分がいる。
明るすぎる太陽のような光の世界、深い闇のような影の世界。どちらも好きだけれど、そんな光と影が交わる接点に目がいってしまう。
氷河ならば、そそり立つ海面ギリギリの世界だろうか。
船は止まり、強い直射日光の下で、氷河の崩落を今か今かと眺める無上の幸せ。理由は、五感が研ぎ澄まされてくるのを実感できるから。
ドン、という鉄砲のような音が響いた矢先、全身をそちらに向け、氷河を凝視する。崩落は外側でも内側でも起こっている。一番外側が崩落した時だけ、僕たちの目に触れるのだ。
ほんの少し崩れると、氷壁はバランスを失うように、周りも落ちることがよくある。絶妙のバランスの中で立っている。少しでもバランスが崩れると風邪をひき、くしゃみをするように崩れる。それは何だか人間というか、生命そのもののように見えた。今、生かされている奇跡、この絶妙のバランスの中で、僕たちの今があるのだから。
観光客を乗せたエンジン付きボートのゾディアックが、氷河の前をゆっくりと通り過ぎてゆく。
ゾディアックとは戦争や軍事のために作られたゴム製ボートで、8つの空気孔を持っている。ひとつの空気孔が破れても、他が漏れない限り沈むことは無い。母船にゾディアックは2台しか積んでないので、グループ分けされて、僕たちは後の組となっていた。
パパァ~ン。
連射砲のような軽い音が、湾内に響き渡る。すぐさまカメラを向けると、もう崩落は始まっていた。
まず高さ20mくらいの氷柱に亀裂が入り、重力に引き込まれるように倒れてゆく。この時のスローモーションの瞬間といったら何度味わっても、飽きることがない。
崩落02(c)

自分の全身の毛穴が全て開かれてゆくような快感が、そこに詰まっているような気がする。脳内にはエンドルフィンが溢れ、シャッターが無意識に切れる。自然がシャッターを押してくれる瞬間が、あるような気がする。ここだよ、ってそれは僕の意識とは別のところで働いているような・・・・・。
氷柱は海面に当たり、ゴーンという低い音と共に大量の飛沫が宙に舞う。
崩落03(c)

これだけでも見事な崩落。だけれど更に続くのだ。
崩落04(c)

まるで波だ・・・
一つの氷柱が倒れることによって、波のように別の氷河へ力が伝染してゆく。氷柱の8倍くらいの容積の壁が、まるで剥がれ落ちるように沈み始めたのだ。
崩落05(c)

高さ30m、幅100mくらいの氷壁が、落下というよりも沈み込んでゆく感じ。今度は低く唸るような大砲音が残響する。
崩落06(c)

もうラッシュ。全てが沈み、平になった。
こんな大崩落を僕は今まで見たことがなかった。が、サンラファエルはまだ終わらない。
崩落07(c)

これからが崩落の神髄だったのだ。
平になった氷河の力はまだ留まることを知らない。そう落下した逆側の氷河を持ち上げるのだ。
さっきまで海中に沈んでいた、ピュアな氷河が、ついに海上へ姿を見せる。
崩落08(c)

その蒼さと言ったら、まさに「グレイシャーブルー」だった。
僕の一番好きな色、そして惹かれる色が、この蒼色。
きっと、生命の源色は、こんな色なんだと思う。
蒼い氷河が更に盛り上がる。
崩落09(c)

上がりきったところで静止し、また静かに沈下。
崩落10(c)

そして逆側が、また盛り上がってゆく。
そして力が終息し、その動きで出来た津波が、こちらへ放たれる。
ゾディアックは慌てて、エンジンを全開にして逃げた。
そこに鳥が舞う。きっと崩落によって小さな魚やプランクトンが打ち上げられたのだろう。
崩落11(c)

その完璧な生命の営みに、僕は圧倒されていた。
見える世界だけじゃなく、見えない世界にこそ重きを置きたい。
秒針が刻む時間ではなく、心臓が鼓動し、拍動し営まれてゆく大いなる時間を感じていたい。見ることは出来ないけれど、感じることのできる時間を。
氷河の崩落は、きっと人生と重なる部分が多いから、沢山の人を虜にするのかもしれない。
そして営まれてゆく、気の遠くなるような時間感覚を、僕たちにソッと教えてくれているのだ。
                                   ノムラテツヤ拝
崩落12(c)
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