fc2ブログ

写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

クルーズ船の光と影

ゾディアック(c)

大崩落に興奮冷めやらぬまま、ゾディアックに乗る順番がやってきた。
船の後部からゾディアックに乗り込み、ヤマハの小型エンジンがかけられる。そして滑るように海面を走り出した。違いは目線の高さ。天を突く氷河を、見上げる感じだ。
氷河に近づこうとした矢先、小さな崩落が起きた。それでも津波は立派に起こり、ゾディアックはグニャリと揺れた。周りには、今日落ちたであろう、氷河のかけらが散らばり、そこココから、ぴちち、パチパチ、ぴちち、パチパチと氷内部の酸素が弾ける音に包まれた。
氷河とこおり(c)

氷河は内海に鏡のように映り込み、寒気を覚えるほどの美しさを見せてくれた。気の遠くなるような時間をかけて、前進を続けてきた氷河が、今は温暖化や他の理由で後退の時代を迎えている。僕たちはいつまでこんな大迫力の氷河を見ていられるのだろう? 去年だけで北極の半分の氷河が溶けたという。遠い世界で起こっていると思うことも必ず僕たちと深い関わりを持ってくる。地球という世界で共に生かさせてもらう限りは。
「あそこが2000年の時の氷河の位置だ」
ガイドの言葉に、耳を疑った。
今もなお前進を繰り返すペリトモレノ氷河を筆頭に世界中でも特異な勢いを持つパタゴニアの氷河。だが、サンラファエル氷河は、この9年で200mほど後退していた。
2000年のポイントには白いペンキでマーキングされた2000の文字が寂しく浮かび、後には氷河が削った氷食地形が残されていた。岩に刻まれるひっかき傷のような線を見ながら、僕は殴られたような衝撃を受けた。
氷食地形(c)

実を言うと、薄々は気づいていた。
生まれて初めて見た氷河は、今から15年前のアラスカのキーナイフィヨルドだ。プリンセス湾のクルーズで崩落を見て、それからカナダのコロンビア氷河、ヒマラヤ氷河、ペルー氷河、そしてパタゴニア氷河を旅をしてきた。
洗われる氷河(c)

その中で、アラスカ、カナダ、パタゴニアのアルゼンチン、そしてチリの氷河は、クルーズ船に乗って見ることが出来た。
アラスカでのこと。
数時間かけてたどり着いた細い湾を通ると氷河が見えてきた。ガッチリとした氷河は、崩れる気配もなかったのに船が到着するやいなや、示し合わせたように崩落した。僕は嬉々として夢中でシャッターをきった。ガイドも「ラッキーだ、ラッキーだ」と皆を盛り上げた。
でも、何度かそんなクルーズを経験する内に、僕はある疑問が頭に浮かぶようになる。
「なぜ、船が入ると崩落するのか?」
改めて観察すると、それは氷河側ではなく、船側にあることを理解した。
こまめに船のエンジンをかけたり、切ったりし、海の中に振動を作りだしていたのだ。その振動によって氷河の絶妙なバランスが崩れ、落ちていたのだ。あからさまに逆噴射の振動をかける船もあった。アラスカでの、カナダでのノウハウが、南米に入ってくるのは時間の問題だった。たった数年で振動させて崩落させる技術が伝わったのだ。
近づく氷河(c)

アルゼンチンのペリトモレノ氷河は、特にその傾向が強い。展望台から氷河の崩落を待っていても小型のものしか落ちない。でも一時間に一度あるクルーズ船が出る時には大崩落が起こる可能性が高いのだ。僕たちはついつい氷河の崩落に意識を集中してしまうけれど、海の中では波の振動と氷河、静と動のせめぎ合いが繰り広げられているのだ。
氷山(c)

サンラファエル氷河も、あからさまではなかったけれど、振動によって落ちた可能性は高いように思えた。これが良いとか悪いとかでジャッジをしたら、きっと悪いことなのだろう。でも、僕はそれを知っていても、もっと目の前で氷河の崩落を見ていたい。もっと落ちろと願ってしまっていた。
船が悪いなら、僕も悪い。これが遠くから来た旅行者なら、尚更その願いは強くなるのだろう。
「折角来たんだから、氷河を見るためにここへ来たんだから、もっともっと落ちろ・・・」と。
氷河をバックに、一匹の鳥が飛んでゆく。
氷河越しの鳥(c)

サンラファエル氷河は、海と接する氷河地帯が、まだ100mも残っているから船の振動によってあと数年をかけて落ちてゆくのだろう。温暖化の問題もあるから、今までよりも早いスピードで。
ゾディアックから、崩落したての氷河の蒼い壁を見て、僕は複雑な気持ちだった。
グレイシャーブルー(c)

あまりにも綺麗だけれど、今日、落ちた氷河は、一体どれだけの時間によって作られたのだろう?
多分100年分は下らなかった。
この氷河の崩落を止めるには3つの方法が考えられる。
1)ツアーを少なくする。
2)現地にレンジャーを置いて、船と氷河の距離を監視する。
3)全面立ち入り禁止にする。
1)と3)は今の流れからは無理なように思える。やはり2)を選び、レンジャーを養成し、整備してゆくしかないのだろうか?そうすると南米らしい大らかさが無くなってしまうという、寂しさもあるのだけれど。
氷壁(c)

でも、氷河は地球を守るうえで、海面調節という、とても大切な役目を果たしている。
だから、出来ることから、していなかないと。無くなってからでは、もう手遅れなのだから。
船へ戻ると、ウィスキーのロックが待っていた。もちろん氷河割りだ。
シャンパンロックやおつまみのスナックなどが盛大に振る舞われ、ジャスの生演奏までもあった。
ウィスキー氷割(c)

みな生演奏に聞き入っていたが、僕は一人デッキに出て氷河を見ていた。
この氷河の弾ける音を聞き、それをまたどこかへ伝えていくのが、今日ここへ集まった人たちの使命だと感じたから。
あと20年後、30年後にも、まだ氷河が残っていますように。
この美し過ぎる地球が、美しいままで残っているように、僕は手を合わせた。
遠くの氷河が、また崩落した。 飛沫が上がり、そこに小さな虹がかかった。
                                  ノムラテツヤ拝
氷河の闇(c)
ランキングに参加しています。“地球の息吹”を楽しくご覧下さった方は、ぜひ1日1回「人気ブログランキングへ」ボタンをクリックお願い致します!     ↓ ココをクリック!
人気ブログランキングへ
パタゴニア | コメント:4 | トラックバック:0 |
| ホーム |