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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

チャチャとの別れ

積雪(c)

朝から晴れ渡り、オソルノ山と裏手のカルブコ山に真っ白な雪が積もった。
カルブコ山は、夏の間で雪が全て溶けてしまっていたので、今日の初雪姿は荘厳なものだった。
手を合わせ、秋の到来、いや冬の到来に感謝した。一番好きな季節、それは僕にとって冬だ。自然が、純粋に、そんままの姿を見せてくれるような気がするから。
朝日が森を照らし始めたので、外に出てみる。デッキで日を浴びていたチャチャが、尻尾をブンブン振って駆け寄ってくる。
「おはよ、チャチャ」
まあるい瞳で、真っ直ぐ射抜くように僕を見る。
少し寂しそうに見えるのは、僕が寂しいと想う心の投影だろうか?
チャチャとしばらく遊んでから、今日は洗車を始めた。
我がアンデス号は悪路にも豪雨にも負けず、この一年半、大活躍してくれた。この後、友人の息子さんに売ることが決まっているので、その前に感謝の気持ちを込めて、外も内もピカピカにすることを決めていた。晴れ渡った今日は、まさに洗車日和りだった。
シャンプーを使って洗車し、アンデスの雪解け水で洗い流す。その後に塗料面についた細かい傷をコンパウンドで補修し、足まわりを綺麗にしてワックスをかけて外側は出来上がり。内側はガラス拭きから始めて、マットを手洗い、室内のゴミを掃除機でくまなく吸った。
1時間半くらいかかっただろうか? チャチャは洗車するのを、横で居眠りしながら見ていた。こんな時間が、後から“珠玉の思い出”になるのだろうか。深く心が揺れたり、感動したりすることよりも、日常の何気ない幸せな時間。これが美しい思い出になっていくことを、今まで何度経験させてもらっただろう。今日のこの時間は、僕にとって幸福な時間になってゆくのだろう。
デッキで本を読み傍らでチャチャが寝息をたてている時、チャチャと散歩したときに振り向きながら早く来ないかなぁと待っている姿、チャチャが早起きして、デッキに座ってオソルノを見ている後姿。
どれだけでも出てくる。
日常の中の幸福な時間。それを積み重ねさせてくれたチャチャと、もうすぐお別れだ。
マイカー(c)

チャチャは公園管理者のルイスの飼い犬。ルイスの公認で、チャチャはこの4000エーカーの森で自由に暮らしているのだ。
僕が洗車を終えると、アキコさんも家の中の掃除を終えていた。
今日は町へ行く日。
チャチャをいつもなら、公園入り口のルイス家へ送ってゆくはずだった。
でも、僕はチャチャと一緒に明日、散歩したかった。
「どうする? チャチャ」
「う~ん、置いていけば良いんじゃない?」
「チャチャと一緒にいたいんだ」
「そんなことはないけどさ、今日だって早く戻ってくるわけだし」
と、しどろもどろになっている自分。そうチャチャと一緒にいたかったのだ。
家の中をのぞく(c)

チャチャに食べ物を与えている隙に、僕たちは車に飛び乗った。そしてチャチャを置いて走り出した。
気づいたチャチャは弾丸のように走ってくる。僕は構わずアクセルを踏んだ。バックミラーにチャチャが走ってくるのが見える。が、徐々に遠くなってゆく。例えば恋人同士の別れに、こんなシチュエーションがある。彼氏が追いかけて、追いかけて転んでしまう。彼女は車に乗って連れ去られる・・・・・。
でも、チャチャは4本足、安定しているので、転びはしない。オフロードを緩やかに曲がると、バックミラーにチャチャの姿は見えなくなった。
10分くらい走ったところで、アキコさんがつぶやく。
「どこに醤油は乗ってるの?」
「えぇぇぇっっ」
今日は大好きなKさんに、僕たちの不要なものを渡しにいく日。その最たる物が20キロの醤油だった。チリに来て、最初に驚いたのが醤油の値段。500mlの瓶入りで1000円もした。醤油を愛する僕は業務用のポリバケツ入り20キロのものを購入した。これだと日本での値段とそう大差はなかった。が問題は1年半で2人の生活でどれだけの醤油を使うのか・・・。結果は5キロくらいしか使わなかった。ポリバケツの4分の3が残ってしまったので、これをぜひKさんにと思っていた。
他のものは全部、車に運び込んでいたのに、醤油だけを忘れた。すぐUターンして、元来た道を走る。
すると、家の方向からチャチャが、まだ諦めずに全力で走ってきていた。
涙が出そうになった・・・・。
そう言えばここ数日、チャチャは落ち着きがなかった。まるで僕たちがここから去ることを感じているようなそぶりを何度か見せた。朝起きて部屋の中にいる僕たちを見つけては、ホッとしたような顔をして尻尾を振った。
「チャチャ、ちょっと待ってて」
僕たちは家に戻り、醤油を運び込んだ。そしてまた森のオフロードに入った途端、チャチャは、僕たちを追いかけて、また家まで走ってきていたのだ。
「チャチャ、乗って」
チャチャはすぐに助手席に飛び乗り、舌をハァハァと出した。
こんな小さな体で全速力で走って・・・・・
僕は自分の小ささ、我儘さに情けなくなった。
「チャチャは、知っているのだ。僕たちがここを去ることを」
だからいつもは待っているのに、車をちょっと動かしただけで、全力で追いかけてくる。
チャチャといたいあまりに、僕はチャチャの自由さを奪ってしまっていた。
チャチャのアップ(c)

もしチャチャが、また逢いたいと思ってくれたら、また明日僕たちの家に遊びに来てくれるのに。ルイスの家の前でチャチャを降ろすと、チャチャはずっと僕たちを見つめていた。
「チャチャ、これがもしかしたら最後になるかもしれないけれど、元気に生きるんだよ。また、どこかで逢いに来るからね」
もしかしたら、また明日、遊べるかもね、と心の中で呟いた。
「チャチャ、有難う。僕たちに森の彩どりをくれて」
僕はアクセルを踏んだ。それに合わせるようにチャチャも車を脇を走る。必死に走る。そしてチャチャは、僕たちが公園の外へ行くのを見届けるまで、じっと道の真ん中で立っていた。
                                    ノムラテツヤ拝
チャチャ森の中(c)
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テーマ:自然の写真 - ジャンル:写真

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