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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

愛すべき家族

「養子にして下さい!」
そう頼み込んでしまったほど、愛して止まない家族がいる。
首都のサンチアゴ近郊に住む友人から、プエルトバラス近郊に住むKさんを紹介してもらい、出逢ったその日に惚れた。
“真っ直ぐ”と言うのだろうか。“純粋無垢”と言うのだろうか。
生きていることに、美しさを漂わせていた。
Kさんは今年で51歳、というかちょうど今日が、51歳の誕生日。
長男のTくん、二男のYくん、長女のHちゃん、そしてJICAの仕事で中米のエルサルバトルに働きに出ているパパの5人家族だ。
パパは生粋の海男、チリへ帰ってくると「美味しい魚貝類を食べないか」とチロエ島の友人のところへ何度も連れて行ってくれた。取れたてホヤホヤのカキ、ムール貝、アサリから始まり、生アワビ、焼きアワビまで、これでもかっというほど食べさせてくれた。
パパの運転で一緒に海へ出かけ、イルカを追い、釣り糸を垂らした。ブランキーヨという白身の魚を釣りまくり、タタキ丼にした。
最初Kさんと逢った時、Kさんは高校生の娘Hちゃんと2人暮らしだった。長男と二男は大学生で、今は別の町で下宿しているという。
KさんとHちゃんの関係は、母と娘というよりも、姉妹に似た感じ。仲が良いんだなぁ~と思って見ていると、ベタベタとか、いつも一緒とかではなく、お互いがお互いの距離を保って、付き合っている感じ。最初、僕には、それが新鮮に見えた。
夏休みや冬休みになると、長男のTくんと二男のYくんも家に戻ってきて、麻雀大会。なんとKさんが、子どもたちに麻雀を教えていた。それも、負けない麻雀を。
Kさんの言葉を借りれば「みっちり仕込みました(笑)」
これも僕には意外だった。高校生の頃、はまった麻雀。あまりに奥の深さに虜になり、連日やっていた記憶がある。でもそれは友達の間でのこと。親や兄弟と麻雀なんて皆無だった。
日本では一般的に麻雀を不健康だとか、たばこ、お酒と関連付けられ、あまり奨励されることがない。でも僕は確信している。麻雀を考えた人は天才だ、と。
Kさんが仕込み、息子、娘たちと一緒に卓を囲む。それは、何とも美しい風景だった。
“昔はよく親が子供に麻雀を教えて家で遊んでいた”という。消え去ろうとしている世界が、まだKさん一家には、残されているような気がした。
Kさんは、息子たちとも、距離を取りつつ、お互いの時間を尊重した。
長男、次男、長女、全員とそれぞれ別の距離間を保っていた。甘えん坊さんには近く、しっかりものにもある程度離れて。
『親子は見守るもの。何かあったら全力で助ける。それまでは放っておく』
これは、僕の父がよく言う家族観だ。
そういえば結婚式のときも、父は「息子は放牧して育てました」と言っていたっけ。
Kさんは家族を愛していたし、もちろん見守っていた。
けれど、うちとは何かが違うのだ。
何度かお逢いしているうちに、僕は段々とその理由が分かってきた。
それはパパの話をしている時のこと。
「エルサルにいるパパとは、いつもスカイプで話してるんですか?」
「そうね、毎日。というか、毎日話してないと逢った時に共通の話題ってなくなるのよね。別々の国だから余計にね」とうつむいた。
それが何度もある。Kさんはパパの話をするときに、はにかむのだ。パパを愛している、それは分かるけれど、はにかむ・・・・。
好きな人を聞いてみると、間髪入れずに、永倉新八だと答える。そう、新撰組の2番隊長、剣剛のながくらしんぱち。しぶい・・・ふつうは近藤、土方、沖田の誰かだろうに。
「わたしはね、男と女は違うべきだと思ってる。女が男の仕事をしたいって気持ちも分からなくはないけれど、お互いが補っていければ良いのにと思う。パパは私たちの家庭を支える大黒柱なんだから、やっぱり家族内でパパを立ててあげないとね」
大和撫子。そうだ、Kさんはまさに大和撫子なのだ。
幕末の時代が大好きだと嬉しそうに語るのも、きっとそう。
ぎんちゃん(c)

Kさん一家は、まさに遊牧民のように、移動を続けてきた。
パパは最初、魚貝類の仕事でニュージーランドに行くはずだった。結婚したらニュージーランドで生活できる。その夢に胸をときめかせるロマンティックなKさん。が、結婚後、場所はニュージーランドから南米のチリへ変更。それもチリはチリでも、僻地のチロエ島に移住することになる。
長男のTくんはここで生まれ、目の前の海が遊び場だった。何とも羨ましい環境だ。チロエ島に日本人家族なんて勿論一人もいない。ただでさえ、チリは日本人の移民が少ない国、それも首都のサンチアゴに移住者は集中していた。
魚貝類の仕事に没頭するパパと、赤ちゃんのTくん、Kちゃんの3人暮らしが始まった。
Kさんは今でも目を細めてあの頃の生活を懐かしむ。
「来たときは、もう早く日本に帰りたいって想ったけれど、周りの人たちが優しくてね。スペイン語は全く分からなかったけれど、優しさは強く感じたの」
チロエ島での不便さを楽しみ、人々の繋がりを大切にしたKさん一家。チロエ島で二男も生まれ、仕事がひと段落したところで、日本へ帰国し実家の小田原で長女を出産した。そして、今度は瀬戸内の伯方島に家を借りて6ヶ月、そしてまた移住の話が持ち上がる。
今度の場所はモロッコだ。赴任先はジブラルタル海峡の近くの町、テトゥアンだった。モロッコの伝統を尊重しながら、スペインに近いということもあり、美味しい魚貝類をたんまりと食べた。
Tくんの大好物は、肉なら鹿か猪、魚は鯛と光りものと何とも玄人好み。死ぬ直前に食べたいものは?とHちゃんに質問すれば、ご飯とみそ汁と即答し、今でもお昼のオヤツは煮干しをかじっている。
生まれた時から新鮮なものだけを食べてきた子供たちの舌は、レベルが高く、すでに老成していた。
家で着ている服も、寒ければチャンチャンコを羽織り、主は作務衣だ。
モロッコでの生活も終わり、そしてまた仕事でチリへ。数年前に仲間の一人から呼ばれ、今はパパだけがエルサルバトルに働きに出ている。
つまり、子どもたちは日本という国で、合計しても数ヶ月しか住んだことがない。でも、日本語は勿論堪能だし、何よりも考えがしっかりしている。自分のやりたいこと、好きな事が分かっているのだ。
人生の中で、やりたいこと、好きなことと出逢えるのは何て素晴らしいことだろう。何個もあるわけじゃないそれらを、もう分かっているなんて。
Tくんに聞いてみた。
「何で兄弟3人とも、やりたいこと、進みたい道が分かっているんだろう?」
答えは傑作だった。
「だって、パパが好きなことしかやってないもの」
長男はバイオケミストリーのスペシャリスト、次男は獣医、長女は画家。進路はハッキリしていた。
好きなことをやっているパパの姿を見て、子どもは好きな事、やりたい事を見つけ没頭してゆく。それは好きなことをやっているお父さんの背中が格好良かったからだろう。当然、父母は子供のやりたいことを応援し褒めるから、それらの道が少しずつ固まってゆく。
日本では「やりたいことが無い、見つからない」と悩みを抱える若者が多いと聞く。自分も講演さえてもらう時は「夢はありますか?」と聞くけれど、無いときっぱり答える子もいる。今は無くても良い。でも、もし好きなことが出来たときに、周りから応援される状態であってほしいなと願わずにはいられない。
パパは無類の魚貝好き。森のキャビンに遊びに来てくれた時も「ここは良い場所だけれど、やっぱり俺は空気がしょっぱくないとな」と語っていた。
海の側に住みたい、いつも海と共に生活したいのだ。
今はHちゃんの高校のこともあるので、プエルトバラス近くに住まれているが、今年の終りにパパが仕事を終え戻ってきて、Hちゃんが大学生になれば、また原点のチロエ島に住みたいと語っていた。
Kさん家族は、日本ではもう見ることの出来ない絶滅寸前の形体なのかもしれない。お互いを常に眺め、近づきすぎることも、遠ざかりすぎることもなく、絶妙の距離を保つ。
距離=間(ま)だ。
だからこそ、僕たちが遊びに行くと、みんな自然に気配りができるのだろう。気持ち良いほど、それらは自然に流れるように。そしてやはり家族をまとめ上げているのはKさんの料理だった。
チリにあるもので、唸るほど美味しいものを作る。そこに妥協はなかった。
逢った最初に、僕たちは言われた。
「せっかくチリに来たんだから、美味しいものをいっぱい食べなきゃね!」
チリ食の不味さに辟易していたので、僕たちは顔を見合わせた。
「美味しいものが沢山ある」
そう想って見渡すと、新鮮な食材や魚貝類が目につくようになった。
そして旬のものを素材の喜ぶように調理してくれるKさんの腕にかかると、美味しさは更に磨きがかかった。前菜からメインディッシュそして最後は締めのスイーツ。甘いものが苦手な僕も、思わず目が点になるほどの美味しさだった。プリンのことは前に書いたけれど、シフォンケーキ、モカケーキ、イチゴタルト、チーズケーキ、イチゴ入り寒天、アップルパイなど、数え出したらきりがない。でも、僕は美味しい食事よりも、Kさんが見せてくれるもてなしの心が何よりの御馳走だった。人をもてなすっていうのは、こういうことなんだ、とKさんの動きを見て、僕は学ばせてもらった。
“どうしたらこの人が喜んでくれるだろう。どうしたらもっと幸せに楽しくなるだろう”
そんな気持ちが、Kさんの体の隅々から、発散されていた。
肩に力が入る人が多い中、Kさんは軽やかにやってみせる。
幕末の家族って、こんな風だったのかな?
日本男児のパパと大和撫子のKさん、そして3人のまばゆい息子と娘たち。
Kさん家族はこれからも周りの人たちを沢山幸せにしてゆくのだろう。
僕たちは、Kさんから貰った大切な心を、これからも色々な人に繋いでいけたらと思う。
Kさんが最後に2つの言葉を残してくれた。
「理想の女性は母親。あんな人に私もなりたい」
「宝は自分で作るもの。そして時間をかけて育むもの」
                                  ノムラテツヤ拝
Kさん宅(c)
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チャチャふたたび

「ウゥーン、ウゥーン」
低い声が聞こえる。
目覚めると、まだ外は真っ暗。鳥がデッキの上でも歩いているのだろうか?
「ウゥーン、ウゥーン」
もしかして・・・・・
ベットから降り、慌てて玄関のドアの開けると、そこには雨に濡れたチャチャが尻尾を振っていた。
デッキにて2(c)

「チャチャ、昨日送っていったのに、、、」
ハァハァと舌を見せては、いつものように朝ごはんの催促をしていた。僕は何だかとても温かい気持ちになって、たっぷりとご飯を食べさせる。
「今日こそ、最後の散歩が出来るかな?」
頭を撫でるとチャチャは、手をグイグイと押してきた。
デッキにて(c)

空は生憎の雨模様。朝から僕たちは最後の片付けに追われていた。
大きなスーツケースに荷物を入れ、ザックに明後日からの南部パタゴニア用のキャンプ用具を詰めてゆく。チャチャはその間も、玄関越しに、ずっと僕たちを見ていた。何か覚悟を決めるかのように、じっと食い入るように、僕たちの片付ける姿を見ていた。
夕方になっても雨は止まない。
しょうがない。。。と雨が小降りになったときに、チャチャと一緒に散歩に出た。西側のけもの道を通り、ぐるっと回ってくる40分くらいの散歩道。チャチャは相変わらず振り返り、僕たちがついてきているのを確認しては弾丸のように走ってゆく。途中、何度か雨が強くなり、樹の下で雨宿り。チャチャは僕たちの近くまでやって来ては、藪に顔を突っ込み、また戻ってきた。
散歩中(c)

なかなか小降りにならないので、そのまま早歩きで家まで戻ることに。チャチャも並走している姿を見ていたら、突然、涙が溢れ出そうになったけれど、森はそんな気持ちを“雨”という優しいベールで、静かに抱きしめてくれる。
「チャチャは自由な犬。また別の人たちに可愛がられるのだから」
頭では分かっているんだけれど、この一年半の思い出が強烈過ぎた。
夕食も豪勢に食べさせると、チャチャは眠りについた。
夜は断水になるほど、激しい豪雨となった。
最終的に荷物は片付けたけれど、今日中に車の中に運び入れることは出来なかった。
翌朝、6時に起床。
雨は依然として降っていたが、しょうがない。車を家の側へ寄せて、大きいスーツケースから順にパズルのように入れてゆく。ちょうど一年前も、この車をポンポンにして、森へやってきたっけ。何度か詰めなおしていると、ようやぴったり収まる場所が見つかった。
朝食を食べ終わったチャチャは、デッキの上にチョコンと座り、僕が見ると、尻尾をふり、後は黙って目で動きを追いかけていた。
7時半、森のキャビンに一年半のお礼を言い、頭を下げた。
そして車へ乗り込むと、チャチャも飛びこんでくる。
いつもの道を、いつものスピードで、いつも通りゆく。
この「いつも」というのは、とても幸せであり、やっかいなものだと思う。
「いつも」は日常化し感謝することを忘れさせるという欠点があるが、こんな別れの時は、それが悲しさ、寂しさをより誘発させてしまう。
森を15分ほど走ったところで、飼い主のルイスの家に到着。
「チャチャ、今まで有難うね。最高に楽しかったよ」
ドアを開けると、いつもは飛び去ってゆくチャチャが、ガンとして動かない。雨が降っているからとかじゃなく、頑なな感情が外へ放出されていた。
「チャチャ」と自分が外に降りても、車から離れようとしない。
しょうがないので、車に入り、チャチャの頭を撫でて、また外に出てチャチャを呼んだ。
チャチャは、しぶしぶと降り、目の前で横たわり、撫でてと催促した。
「また戻ってくるから。チャチャ、僕たちも楽しむから、チャチャも楽しんで生きるんだよ」
そして、素早く運転席に戻り、ドアを閉めた。チャチャもすぐに起き上がり、ドアの下で鳴く。
「クゥーン、クゥーン」
行こうとすると、ドアにジャンプし、爪をひっかけてくる。
「チャチャ、またね」
濡れた車体に滑ったのか、チャチャの踏ん張れず、転びそうに。そしてすぐに僕たちの車を追ってきた。
チャチャ、少しだけお別れだね。
バックミラー越しに、チャチャは小さくなり、やがて見えなくなった。
また逢おう、チャチャ! 
必ず戻ってくるからさ。
                                   ノムラテツヤ拝
最後の散歩道(c)
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