写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

ポセイドンの晩餐

5月30日。
日本全国から友人が蝦夷に集結し、ポセイドンの宴が執り行われた。
まずは、その経緯となったポセイドンの夜を、以前書いたもので記したい。

エビ・ホタテ(c)

北海道に忘れられない旅館がある。
噂を聞きつけて一度食べに行ったのが、2年ほど前。
漁師が足しげく通う旅館と言うに相応しく、素材を生かした料理が並べられた。あそこへひろちゃんと一緒に行けたら、どんなに幸せだろう。
これが北海道での大きなミッションとなった。
まず、このT旅館、年中満室で、ホームページもなく、ネット予約なんてもってのほか。電話予約しか受け付けてくれない。チリから電話したのは、今から4~5ヶ月ほど前。
「あの~、10月20日ですが、一部屋空いてませんか?」
「う~ん、そのあたりは混んでてねぇ、あっ、昨日、キャンセルが一部屋出たから、今なら大丈夫だよ」
「ラララ ラッキー、予約をお願いします」と、ブッキングに成功した。
夕方、蘭越から岩内まで車を走らせ、さらに山の中腹へ向かう。
森の中に、ひっそりと佇むようにT旅館は建っているのだ。2度目にも関わらず、やっぱり今日も旅館を通り過ぎてしまう。
看板が小さくて、わかりずらいのだ。
でも、口コミだけで年中満室になっているんだから、これくらいで良いんだろうな、と妙に納得させられる。
駐車場に車を止めると、入口から女性二人が足早に駆けてくる。
「何かお持ちするものはありますか?」ここから、T旅館のお客に対する、おもてなしの心が、ひしひしと伝わってきた。
部屋に通され、まずは、温泉で身を清める。
ナラの葉が紅葉し、高野槇で作られた露天風呂でボーっとする。
そして、いざ出陣。
18時30分から、名物の夕食が始まった。
まず最初に出てきたのは、ボタンエビ、ホタテ、ホッキ貝、毛ガニ、ナマコの酢の物、シシトウ、白貝、ヒラメに、この旅館の目玉、5年ものの立派な新鮮な生アワビ。
ナマコ(c)

「まず、アワビを一口でお食べ下さい」との言葉の後、口の中に放り込んでみる。それにしても、なんでアワビって女性器にこんなに似てるんだろう。触感はコリンコリン、芯はゴリンゴリン、響くのが海の新鮮な塩味、そして後味は昆布の上品な風味が広がった。
あわび(C)

「ひろちゃん、昆布の味ってしませんか?」
「そりゃぁ、そうだよ。てっちゃん、こいつらは日高か利尻しか食ってないんだから」
そうだった、アワビは昆布を食べて生きているのだ。
ボタンエビはもちろんプリプリで、甘味が下にねっとりと絡まる。
次に出されたのが、焼きアワビ。
尊師(c)

七輪の網の上に、アワビを乗せると、よじれ、ねじれ、とじて ひらく。串がスッと刺さるくらいまで焼きこみ、いただきます。内臓の苦味、塩の香り、そして最後に醤油の味がした。
焼きあわび(c)

「これって、醤油とかを少しだけ入れてるんですか?」
「うちは、全て自然のまま出していますので、醤油は一切使ってないんです」
倒れそうになる。何もせずに新鮮な極上なアワビは炭火で焼くだけで、こんな醤油の味が感じられるのだ。ようは海水の塩と昆布の味、そして内臓がともに焼かれて醤油っぽい味になるのだろう。
そして海のきゅうりと呼ばれる「ナマコ」。
するるっ、っと舌の上を滑るように落ちてゆく。
「てっちゃん、温泉場に書いてあった言葉、覚えてる?」
「何も足さない、何も引かない、ですか?」
「そうそう、開高健の名キャッチコピーをパクッたんだろうけれど、まさに料理もそんな感じだね」
ほんと、T旅館の出されるものに、調理用の油や香辛料は一切使われていなかった。
そして、アワビの肝が出される。
「軽く湯通しして、酢に付けました」
「てっちゃん、これはまずいから、食べなくて良いよ」とひろちゃんは涙ぐんでいる。はっきりいって、これは年齢制限を設けないといけないね。60歳未満は食べちゃダメ」
ひろちゃんは、今年、還暦を迎えていた。
食べてみると、ガツンと衝撃を受ける。
後味が永遠に続くような味。どんな味というよりも、まるで磯から海へ、海から深海へ。
そのすべての海そのものを食べている味なのだ。
かぶりつき(c)

絶妙な味に、エンドルフィンが脳内に広がり、ボーっとしてくる。
初めて見る白貝は、上品な甘みが美味。
「不覚にも、わたくし、お酒を飲むのを忘れていました」とひろちゃんがお猪口をくいっとあげた」
「僕も不覚にも、未だ毛ガニまで到達しません」
毛ガニ(c)

「よっしゃ、俺が今日のこの夜に名前をつけよう。“ポセイドンの晩餐”だな」
「あっ、もうひとつ浮かんだ。こんな新鮮な料理をそのまま出すなんて、超剛速球だから、味のランディージョンソンっていうのはどうだ?」
良いですねぇ。もう一声」
「じゃぁ、コレだな。美人の女とやり続ける拷問」
毛ガニにようやく手が伸び、途中に深海魚のモンケが出され、鍋を食べて、デザートのメロンで締め。食事が終わったのは、20時40分だった。
2時間10分も食べ続けていた計算になる。
それでも、満腹じゃないって、どういうこと?
「これって、料理がひとつもないですよね」
「そうだなぁ、切って、焼いて、蒸して、茹でて。出てくるものは全部、前浜ならぬエゾ前だな」
それから少し日本酒を飲んだところで、ひろちゃんも僕も就寝してしまった。
朝、露天風呂に入りながら、ひろちゃんが一句。
「エゾの秋、コナラの森で オナラする」
「山染めて ナナカマドや エゾの秋」
今日も、どんどん出てきますねぇ。
もう一個、言っちゃう?
「オーストラリアにはワラビー(有袋類)がいるけれど、北海道には絶品アワビィがいる。忘れちゃならないね。グーググー グーググー グゥググゥググゥ コォー。エゾはるみ」
「てっちゃん、絶対に人に教えたくない旅館とかってあるじゃん、ここって本当にそう言う場所だよな。「どこにあるの?」「いわない」。なんちゃって」
そんな馬鹿話をしながら、周りを見渡した。
ナラ、カツラ、山ぶどう、土、草、陽光、そして空に浮かぶ半月。
森が今日も、甘い香りを放っていた。
朝食も怒涛の剛速球。
イカサシ、イカの塩辛、サンマ、ジャコ、梅干し、味噌汁、有精卵とベーコンの目玉焼き、それに北海道産のお米“おぼろ月”。
朝食後、僕はトイレに駆け込んだ。
ウンチが出た瞬間、すぐに異変に気付いた。
ウンチが、ウンチが、僕のウンチから、なんと昆布の香りがするのだ。
ノムラテツヤ、僕は今日、産まれて初めてアワビになりました。
                              ノムラテツヤ拝
即死(c)
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テーマ:食べ物の写真 - ジャンル:写真

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