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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

ムジークフェライン

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南アフリカに住んでいた頃、大切な友人と森のワイナリーにいた。
仮にZさんとしておこうかな。
Zさんは南アで仕事のために滞在していた。日本でも3本の指に入るダイヤモンド鑑定士。
日本ではなく本場のアントワープが主戦場だった。
一緒にワインを傾けていると、なぜか音楽の話に。
Zさんのお気に入りは、やはりウィーン。それも、とある演奏場。
「ノムラさん、そこだけは音が天井から降ってくるんです」
「嘘でしょ?」
「本当です。コンピューターでどれだけ精巧に作っても、未だに作れないんですが、あそこだけは何故かそれが完璧に組み合わさっているんです。まさに神の宿る会場です」
あれ以来の夢だった。そして僕は今、ウィーンにいる。
その場はムジークフェライン(楽友協会)。
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のメイン会場であり、お正月に世界各国に中継されるニューイヤーコンサートが行なわれる聖地。
Zさんは楽友協会の上級会員なので、幻のプラチナチケットを手に入れ、3度ほど生で聞いたことがあるという。
豪奢な建物の中へ入ると、まず目に飛び込んでくるのが金色。柱、パイプオルガンの枠、天井など夥しい量の金。キノコ型のシャンデリアが10本下がっていた。天井には2つのフレスコ画、そして銀の巨大なパイプオルガン、壁面には麒麟のいような翼の生えたドラゴンが鎮座した。2階席を支えるのが、水瓶を持った女性像。
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もうすぐ演奏会が始まる。
今回はシーズン中だというのに、Zさんお勧めの完璧な席が取れた。
1階席18列目のど真ん中。ドキドキ、ワクワクだ。
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20時15分、会場にブザーが鳴り響くと、オーケストラの団員が続々と登場。音の調律が終わると、恰幅の良い指揮者がタクトを振った。
最初の音から、地面が揺れる。
前方で演奏しているのに、何故かそんなに音が迫らず、不思議なことに背後からも聞こえてくる。柔らかい音で、ゆっくりと抱かれるみたい。音の渦の中心に引き込まれていく。
目を瞑ってみる。
大きな音、高音は天井から降ってくる。まるで音符が雨粒のようになって、サーサーと浸み込んでくる。小さな音や低音は壁面を伝い背後から。重奏なのに、まるで一人だけが演奏しているように音が収束していく。
上から、左右から、下から。四方八方から音符の玉が届いてくる。
真っ直ぐ届くのではなく、まるで放物線を描くように。
音の高さと、響いてくる高さは比例するのだと思う。
低音は低く長い放物線、高音は高く短い放物線。それらが収束してまあるく響き渡る。全身の細胞が震え、マッサージされるようだ。
やがて視覚と聴覚が麻痺し始め、無重力状態に。こんな感覚は生まれて初めての体験だ。
頭から足先まで全てに鳥肌が立つ。そして体内が泡立った。
指揮者に視線を戻すと、音の波が、波長が見えてくる。
ドナウ川の横に立つムジークフェラインで、「美しき青きドナウ」を聴ける幸せ。指揮者が腕をグルグル回すと、団員も最高潮に。一気に音が昇り、マエストロが指揮棒を止めると、天から残響が落ちてくる。
そして包まれる。
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ラストは「ラデツキー行進曲」。
ニューイヤーコンサートのように、観客も拍手で応え、会場が一体に。
音楽って、こういうものなんだ。
音を楽しむ、それを初めて知った夜だった。
                ノムラテツヤ拝
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クリムト

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セセッション(分離派教会)の地下にクリムトがベートーベンのために描いた壁画がある。ひとたび部屋に入るなり、圧倒的なエネルギーに包まれる。
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「人類の幸福とは?」
ぐるりと囲まれた3辺の壁に、クリムトの答えがあった。
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今までの歴史、そしてこれからの歴史、その不変な生死が緻密な計算のもと配置されている。
一言で形容すれば、これは死ぬまでに絶対に見ておくべきものだ。
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レオポルト博物館では、クリムトの名作「生と死」を見てから、風景が素晴らしさに驚愕させられた。
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個性を出す、または個性を消す。
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その両極の追及の末の作品だったのだ。
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だから、ヌードの絵の前に立てば、女性の体から匂い立つような香りがするし、風景画の前に立てば
。自分がその現場にいるような臨場感が生まれる。
そしてラストがベルベデール宮殿。
ここにクリムトの最も有名な作品「LOVERS(The Kiss)」がある。日本では接吻で知られるゴージャスな絵。
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一目見て吸い寄せられるのは、やはりこの黄金色と配置の妙だろう。
過去に誰も似た人はいず、以降もまたクリムトに似た人はいない。
ガールフレンドのエミリアとの接吻。ほのかにピンクに染まる彼女の頬。
この絵もまた、匂いたつ色気が絵の中から飛び出してくる。
個性を全開にし、そしてそれから消し去っていく作業、それら相反する世界を一つの絵に封じ込めた名作。だからこの絵に介在者がいないのだ。
バックは色を重ねているのかと思い、近づいてみると、あまりに薄く塗られていて驚いた。薄く、でも重厚に見せる神々しさ。
作家の息遣いまでもが聞こえてきそうだった。
               ノムラテツヤ拝
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