写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

虹のじかん

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マウイ島は、東西に大きな山が聳えている。
貿易風が当たると雨雲が湧き上がり、雨のカーテンが出来あがる。
天候の良い海側から太陽の斜光線が射し込むと、ドラマが起きる。
そう、ここハワイの別名は「虹の州」。
一重、二重、そしてかすかに三重の虹だって現れるのだ。
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雨粒と砂塵舞う大草原の真ん中で、僕は虹と向き合った。
「綺麗、美しい、有難う」。
これが虹を呼ぶ魔法の言葉だと、パタゴニアの先住民から教えてもらったっけ。
ゆっくり呟くと、虹は強く、太く色づき始めた。
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僕たちと大自然は当たり前だけれど、深く濃く常時繋がっている。
撮影がひと段落し、帰ろうとすると、また虹が濃くなって青空にアーチを架けた。
ザックからカメラを取り出して再び撮影。それが三度も(笑)。終いには夕日になるまで、虹は僕と遊んでくれた。
虹は体内に流れるエネルギーを中性に戻してくれる。
そして、いつも僕の魂をワクワクさせる。
               ノムラテツヤ拝
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ハワイ最大の神殿

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ハワイ諸島最大のヘイアウ(神殿)がマウイ島にある。
13世紀に建てられたもので、104m×126m四方、高さが15mほどある。
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見上げるとまさにマヤの神殿「テオティワカン」を彷彿とさせ、物語を聴くとインカのマチュピチュを思い出させた。
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スペインに敗れたインカの人々は、最後の聖域マチュピチュの存在を教えなかった。逃げるときもわざとマチュピチュから迂回する道を選び、殺される時も決して口を割らなかった。そのお蔭で今から100年前の1916年まで天空の城マチュピチュの存在は世に出ることはなかった。
ハワイ最大のヘイアウも、ここで大規模な後継者争いが起きたが、新たに統治した王が、それらを記すことも、話すこともカプ(タブー)とすることで、守り抜いた。たった36年前、このヘイアウが見つかった時は、マチュピチュ同様、ジャングルのような草むらに埋まっていたという。
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太陽の家を意味するハレアカラ山を御神体とするヘイアウ。到着した時は青空だった空も、撮影を終えると雨が降り出した。
柔らかな、サァーサァーと降り注ぐ、聖雨。
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時折、「スザーン」と遠くの浜から大波が押し寄せる。
鳥の高声が森に響き、虫が一斉になきはじめた。
僕は目を瞑り、全身で氣を測る。
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柔らく細やかだけれど、しっかりと芯のあるエネルギー。
それは僕の最も安らぐ場だった。
                ノムラテツヤ拝
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最終舞台

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成田を出発した機体は1年ぶりのホノルルへ下りていく。
ポリネシア最終地はハワイ。
ハワイ(北)、イースター島(東)、ニュージーランド(西)を結ぶ三角形の内側がポリネシア。ギリシャ語で「多くの島」を意味する。
物語の最終舞台は、3時間のトランジットを経て、またジャンプ。
天候は晴れ。朝の光がダイアモンドヘッドの火口を照らした。
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見事なカルデラ地形。その背後に、ハワイ最大の街並みが広がった。
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モロカイ島を左手に見ながら、ついにその姿が見えてくる。
空に交わるように、ハレアカラ(3055m)が屏風のように聳えていた。
大きく左に旋回して、マウイ島のカフルイ空港へ。
生まれて初めてのマウイ。
さぁ、アンテナを高く張って、島内を縦横無尽に巡ろうっと。
               ノムラテツヤ拝
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最後の地

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大好きなあんちゃんご夫妻と一緒に、名古屋の「ひじり」で食事を頂く。
なかなか予約が取れない店らしく、最初からワクワクさせられる。
湯葉のアン肝醤油がかけられていたり、タラコの上に空豆など、斬新な組み合わせ。
もちろんお魚はアオリイカの上に墨塩や、プリンプリンのボタンエビがフキの葉っぱに乗せられて。
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締めはスッポン汁の蕎麦。
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そして昨夜は母方の実家から、牡蠣が50個ほど届いた。
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岐阜からは柿を、宮城からは牡蠣をと山と海の物々交換。
三陸沖の立派な牡蠣は、まさに海のミルク。
さぁ、体にたっぷりの栄養が回ったので、充電完了。
これからポリネシアの旅最後の地へ向かう。
イースター島、タヒチ、ニュージーランドと来れば、残るはあそこしかない。
色眼鏡をかけず、まっさらな状態で、丁寧に向かい合ってきたいと思う。
皆さま、行ってきます!
             ノムラテツヤ拝
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龍の眠る町

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450年前、一人の男が岐阜へ入場した。
戦国武将の織田信長だ。
その時この地はまだ井ノ口と呼ばれ、金華山のてっぺんに立つ城は「稲葉城」。
そこに信長は妻の濃姫と共に10年の歳月を過ごした。
世界中を旅したポルトガルの宣教師ルイス・フロイスの記述にこうある。
「ポルトガルやインド、日本の他地域で宮殿や居館の中で、最も精巧かつ豪華な作りで、信長の宮殿は非常に急峻な山に建つ」と。
久しぶりに青空が広がったので、麓から駆け足で岐阜城まで登った。
途中、赤い実をつけた「たまみずき」が、森を彩り、まるで紅葉のよう。
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金華山の頂に立ち、久々に岐阜を見下ろすと、長良川という龍が町を貫いていた。まさに臥龍、「龍の眠る地」と呼ぶに相応しい。
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信長は天下統一を夢みながら、この地を名前から変えていった。
岐阜の岐は、武王の生まれた岐山から。阜は孔子の生まれた曲阜から。
つまり文武両道の町にしようと、岐阜と名付けた。
そして楽市楽座をてがけ、日本有数の活気ある町を作り上げた。
ルイス・フロイスに信長がかけた言葉がまた良い。
「岐阜へは何度も訪れよ」
             ノムラテツヤ拝
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