さくらの真髄2021-03-24 Wed 17:08
![]() 僕の故郷は岐阜県なので、有名な淡墨桜がある。 散るときに薄い墨を引いたような色から名づけられた、日本で2番目に古い老桜だ。 幼い頃から、何度か連れられる度に、「どうして薄墨桜には、こんなにもおじいちゃん、おばあちゃんが集うのだろう」と不思議に思っていたが、46歳にもなると、その気持ちがほんの少しだけ分かってくる。 桜のつぼみが花開き、人生を謳歌して、散っていく。それを自身の人生に重ね合わせているのかと思っていたけれど、きっと違う。おじいちゃん、おばあちゃんたちが見ているのは、もっと奥深いところ。満開でもなく、散り際でもなく、きっと葉をつけ、紅葉し、落葉した後の姿をも目の前の桜から想像するのだ。そして樹木が骨格になる冬、春のために静かに準備する姿に、人生の真髄を観るのだと想う。 ![]() 「冬を越してお疲れ様」と樹皮に手を当てて呟くと、風が吹き抜け、桜がそっと話しかけてくる。 「命に境はなく、多動しながら全体で生きる」。そう、聴こえたような気がした。 ノムラテツヤ拝 ![]() ランキングに参加しています。“地球の息吹”を楽しくご覧下さった方は、ぜひ1日1回「人気ブログランキングへ」ボタン ![]() ![]() |
いのちのかがやき2021-03-24 Wed 09:32
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