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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

雨の唄

「雨の日に散歩するなんて、今まで考えてもみなかった」
ここ10日間ほど我が家に滞在していた、世界一周旅行中のYくんの言葉に、僕たちも、森に住み始めてからの変化を感じていた。
パタゴニアの森には、連日のように雨が降り続いていた。
真綿のような霧が、樹木の間をうねり、ゆらぎ、流れてゆく。
キャビンのドアを開けて、デッキに出ると、空気はまず僕の額にあたり、それから鼻、唇をすべって、顎へ抜けてゆく。雨は天から線を描き、まっすぐ落ちてくる。深呼吸をすると、森の精気が粒になって、体中にしみ込んでくるようだ。
目を瞑って、雨の音に意識を集中する。
ログキャビンの屋根に、ピシャンと短い響きを残し、サッシからデッキへ“コオーン”と鮮やかに飛び散る雨。木々の枝から車のバンパーに“トントーン”と唄う雨。足下の大地には、ピチッピチッと水滴が吸い込まれてゆく。
更に耳を澄ませると、様々な響きが、何層もの重なりとなって聞こえ、空気に満ち満ちている。
大地をノックし、木々を揺らし、葉を細かく震わせる。雨粒のひとつひとつが音符となり、まるで壮大なオーケストラを奏でているようだ。
雨の日は、いつもより周りの景色が濃いように想う。
キャビンの西側にある獣道を歩くと、コケモモやムルタの実が、今にも落ちそうな雨粒抱いている。コケモモは赤、白、ピンク、ワインレッドの4色があり、味は氷砂糖のようで、甘党のチリ人は、これに目がない。 
大地からは、ぬめりを帯びたキノコがニョコニョコと顔を出し、腐葉土の甘い香りが、森の空気を浄化してゆく。昨日まで吹いていた強風はピタリと止み、フカフカのサンゴのような地衣類に、雨滴がシュワシュワとしみ込む音まで聞こえてくる。針葉樹のチリ松には、森に差し込む薄日のような細長い雨が、広葉樹の南極ブナには、太くまあるい雨が降る。ウルモ(ニレ)の葉っぱからは、“コツコツ”と雨の歩く音を聞いたかと思うと、ナルカスの巨大な葉には、“パッツパッツ”と水玉が弾け飛ぶ余韻を聞く。
前髪が、尖った剣のように、おでこにひっついてくると、もう頭から足の先まで全身ずぶ濡れだ。
小学校からの帰り道、大雨にたたられ見上げた鉛色の空や、友達と水の張った田んぼに入ってドロドロになった少年時代の記憶がふっと蘇ってくる。
森が奏でる、長い音、短い音、中くらいの音。
多様に重なり合う、高い音、低い音、中くらいの音。
雨の唄は、僕たちに木々の密度を教え、森の輪郭をクッキリと浮かび上がらせてくれる。
Yくんは「国が変われば、自然が異なれば、そこに響く雨音も違うんでしょうね」という言葉を残して旅立っていった。
誰にでも、雨の音を聞き分けられるような力が、もともと備わっている。
森の生活は、そんな大切な事実を気づかせてくれる。
                                  ノムラテツヤ拝

雨の唄(c)
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