fc2ブログ

写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

パタゴニアの静かな森に住んで

12年前、僕は初めてこの地に足を踏み入れた。
南米大陸の南緯40度以南、チリとアルゼンチンの両国にまたがるパタゴニアだ。北部には富士山のような鐘状火山や多くの湖が点在し、
南部には天を突き破らんばかりの尖った岩峰や真っ蒼な氷河が立ちはだかる。
写真家という職業に就き、世界60ヶ国の自然を撮影する中で、僕は何度もパタゴニアに出かけシャッターをきった。
32歳の時、僕は旅人としての撮影ではなく、定住者としての視線を求めるようになっていた。
「世界で一番美しい自然の中に住み、じっくり腰を据えて撮影したい」
2008年1月、結婚を期にパタゴニアへ移住することを決めた。妻のアキコさんも自然が好き。「何だか面白そうね」と賛同してくれたのだった。
チリの首都サンティアゴから車で1000km南下し、ロス・ラゴス州の州都プエルトモンへ向かった。ここからジャンキウエ湖畔を走ること
65kmでエンセナーダ村へ到着。更に森の中の砂利道を6km進むと、小さなログキャビンの我が家が見えてきた。
新婚生活はパタゴニアの森の中で始まった。

パタゴニアに暮らすにあたって、まず頭を悩ませたのが『食』の問題。
不味いのだ。
南米は全部で13ケ国からなるが、その中でもチリは最も味に無頓着とされる。
しかし食材を見渡した場合、南北4000kmの海岸線を持つチリは、とても恵まれている。フンボルト寒流に揉まれた魚介類が大量に水揚げ
されるのだ。中でも我が家から70km離れたプエルトモンには、屈指のアンヘルモ漁港があり、サーモンやウニの大部分はここから日本へ輸出される。品質は寿司ネタとして使われるから折り紙つき。しかし問題は調理の仕方だった。
美味しそうな焼き魚の匂いに誘われ、アキコさんと一緒に漁港食堂へ入る。注文を取りにきたおばちゃんに、お勧めの料理を頼むと、出てきたのはケチャップが大量にかけられた焼きサーモンに、ソフトクリーム型のマヨネーズが乗っかった蒸しアワビだった。食べた瞬間、吹き出しそうになる。味付けに塩や胡椒は殆ど使われていなかった。
この12年間、僕は旅人としてパタゴニアを何度も行き来したが、この恐怖の塩抜きケチャマヨぶっかけスタイルを、チリ人は変えようとしない。
「こうなったら自分たちで作るしかない!」
僕達はすぐに食堂を出て、漁港市場内を物色した。そこには獲れたて新鮮、身の締まった艶やかなサーモンが数百匹も並べられ、コングリオ(アナゴ)が店先に暖簾のようにぶら下がっている。ムール貝は大中小のサイズにそれぞれ区分けされ、日本の3倍ほどもある巨大なアサリは、ピラミッド型に積み上げられていた。目を見張るのは値段の安さ。貝類はどれでも1kgで100円、ウニは大瓶に身だけがビッシリ詰められ800円、サーモンは一匹(2kg)700円。旅行者が教えたのか、市場のおじちゃん達は口を揃えて「ウニ!ウニ!」と日本語でけしかけてくる。迷ったあげく、ムール貝とアサリを1kgずつ、ウニの大瓶一本にサーモン一匹を購入した。
それから連日、ログキャビンの小さな台所が、慌ただしくなった。
前菜はスライスした紫玉ねぎとウニを混ぜて、塩、胡椒、かぼすに似たレモンの汁をかけてセビーチェ(マリネのようなペルー料理)を作り、メインは下のサフランライスが見えなくなるほどムール貝を敷き詰めた海鮮パエリア。それに合わせるのは、渋みが残るカベルネ種のチリ産ワインだ。
別の日には、日本で一本5000円以上するチリ産白ワインをふんだんに使い、巨大アサリを蒸す。現地産の大きなニンニクで風味を付け、アルデンテのパスタを絡ませるとボンゴレビアンコの出来上がり。たっぷりのサラダと共に、残った白ワインを頂いた。
食材はどれも大ぶりな割に味は繊細、あまりの美味さに放心してしまった。
麺フェチの僕のお気に入りは「カベーヨス・デ・アンヘリカ(天使の髪の毛)」という名の最も細いパスタ。これを茹でてアンデスからの雪解け水に浮かべると、食感はまさしく冷や麦に。自家製めんつゆに付けて、キャビンデッキで啜る味は格別だった。
「パタゴニアに暮らすことで、初めて見えてくるもの」
それは、日本で当たり前に買えるものが、パタゴニアには無いという現実。現地の大豆を使い、苦心の末に“チリ納豆”も完成した。
思考し、試行し、至高の納豆が出来上がる。これぞまさに嗜好品だった。
地元の食材を頂き、身にしみ渡らせるほど、僕たちは少しずつパタゴニアの大地に近くなっているような気がした。
 
18~32歳までの15年間、僕は「自分にとっての世界一美しい自然」を求め、世界中の秘境、辺境へ撮影に出かけた。アラスカ、カナダ、アメリカを皮切りに、南米各国、南極、ケニア、タンザニア、ネパール、アジアの国々を巡った。新婚旅行の世界一周では、チベットのカイラス山、中米諸国、モロッコのサハラ砂漠、南アフリカの花畑などを旅した。
美しい場所は世界中に無数にあった。けれど、僕はチリのパタゴニアに住む事を選んだ。決め手は、初めてチリにやって来た時の感覚だ。
どうしても忘れられない不思議な体験だった。
チリ最南端から南極行きの船に乗るため、僕はチリの首都サンティアゴを目指した。日本からマイアミ経由で40時間、窓際に座った僕は、東側の空にアンデス山脈の連なりを生まれて初めて見た。ザックからカメラを出し、写真を撮っていると、アンデス山脈最高峰アコンカグア山の端から真紅の朝日が昇ってきた。ファインダーの光景がぼやける。顔からカメラを離すと、涙が止めどなく流れ落ちて
いった。「大丈夫、何かあったの?」と隣の人が声をかけてくれても、涙が溢れ続けるのだ。嬉しいわけでも、悲しいわけでもない。
ただ無感情に落ちる涙。それが2度目、3度目の来訪でも同様に起こった。
「これは何かある」。
自分の心と体と何か関係がある。生まれ故郷以外にも、魂のふるさとのような縁の深い場所が、人それぞれに用意されているのだろうか。
バスでサンティアゴから最南端の町プンタアレーナスまで向かう途中、プエルトモンで2泊した。ここには富士山そっくりのオソルノ火山があり、僕は出来るだけ安く行きたいあまり、ローカルバスで火山の麓へ向かった。バスはある分岐点で止まり、僕を降ろし、別の方へ走ってゆく。ここから火山までは、自力で歩くしかなかった。天候は曇りから雨。そしてスコールのような大雨。突然止んだと思ったら、今度はダブルの大きな虹がかかった。赤橙黄緑青藍紫、七色の虹がクッキリと二重にかかったのだ。天候の移り変わりの早さ、迫ってくるような陰影の強い自然が、僕の記憶に深く刻み込まれた。

森の生活を始めて1年がたつ。
最近は季節の変わり目なのか、雨の日が多い。暖炉に薪をくべると、パチンパチンと火の弾ける音が響き、庭には今日も森の中からウサギとキツネがやって来る。デッキにハヤブサが舞い降り餌を探し、チリ松の幹をジャイアントウッドペッカー(キツツキ)がドラミングする。
この多量の雨が、湿度を含んだしっとりした豊かな森を作り上げるのだ。
一般的に、パタゴニアの大地は乾いたイメージがあるけれど、北部パタゴニアは、日本と同じような温帯湿潤の森が広がっている。
昼食をとってから、2人で雨の森を散歩した。
森の中でまず感じるのが空気の甘さ。そして腐葉土、木々、葉っぱなど森の香りが、晴れの時とはうって変わり存在感を増すこと。
森の色彩も、ひとたび濡れると、緑が発光しているように見えてくる。
ここ数日で一気に成長した地衣類たちを覗き込むと、白いものはまさに海中のサンゴのよう。その脇に“モラ”と呼ばれる木いちごが赤や黒い実をたわわに付けていた。
「帰ったらこれでジャムを作ろうか」と森の中へどんどん分け入ると、南極ブナに付着したコケが、雨粒を滴らせていた。まるで木々が緑の服を着て、これからデートに出掛けてゆくような、そんな気品ある華やかさがあった。
モラ摘みに夢中になっていたのか、いつの間にか雨は上がり、袋がいっぱいになる頃には、雲の隙間から陽光が差し込んできた。
雨の後の自然は、いつも魔法の光を見せてくれる。雫の光だったり、昆虫が背負った水玉の輝きだったり。雲は北から南へみるみる流され、背後には透き通るような青空が広がってきた。そして自然からの贈り物のように、大きなダブルレインボーが空にかかった。
「ああ、あの時の虹と全く同じだ」
初めてチリへ来た時に見上げたダブルの虹。12年前にバスを降りたオソルノ火山の分岐点から6km入ると、今、僕たちが住むキャビンに到着する。
雨上がり、森に光が降り注ぐ。
「この先にどんな美が待っているのだろう?」
僕たちは獣道を、光に導かれ進んでゆく。
                                     ノムラテツヤ拝

ダブルレインボー(c)
ランキングに参加しています。“地球の息吹”を楽しくご覧下さった方は、ぜひ1日1回「人気ブログランキング」ボタンをクリックお願い致します!
人気ブログランキングへ

テーマ:写真日記 - ジャンル:日記

パタゴニア | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<我が家の家訓 | ホーム | 雨の唄>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |