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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

根源の世界

チリに住み始めて、1年2ヶ月が過ぎようとしている。
住み始めた頃は“言葉が違う”、“食材が違う”、“生活習慣が違う”など、日本との違いばかりに目を奪われていた。
けれど、夏、秋、冬と季節が移りゆく中で、少しずつ心の中で変化が起き始めた。
夏、大空に向かって手を広げるように伸びる木々たち。
秋を迎え、葉は色づき、やがて舞い落ちる。葉の積もった大地からは、キノコがニョキニョキと顔を出す。霜が降りた冬の朝、凛とした空気感の向こうに雪山が連なり、夜には無数の星が光り輝く。
どこか懐かしさを感じる風景を前に、生まれ育った岐阜と何も変わらないものが、僕のまわりを包んでいたことに気づかされた。
パタゴニアの自然と日本の自然、植生や多様性は全く違うけれど、植物たちは太陽の光を受け、地球を循環する風に揺られている。古来から続く生命の営みは国を越え、つながり、やがて一つになっていく。
人種の場合はどうだろう?
皮膚の色が違う、話す言葉が違う、食べ物の好みも違う。それでも家族を想う心、異邦人を迎え入れるもてなしの心、屈託のない笑顔、不正に対する憤り、それらは、僕たちと何も変わらなかった。
パタゴニアの森の中に住んで感じたこと、それは「全てのものは同じ」という想いだった。差異を見つけるのは刺激的で面白い。けれど、同じものを見つけ理解し、お互いを尊敬し、愛していくほうが、より重要なことのように思えてくる。
日常のふとした瞬間、言葉が泉のように湧き出てくることがある。言葉は次々と現れ、どんどん流れていってしまう。僕は慌ててそれらを日記に書きとめる。
「ひょっとして、全ての言葉はすでに、空気中に刻まれているのだろうか?」
どの言葉を掬うかは、そのときの自分次第。掬い取った言葉は「石ころ」程度のものかもしれないが、何だかとても大切に思えてくる。
写真の一枚一枚を撮るときも同様な感覚を覚える。ファインダーをのぞき、構えていると、自然の方からシャッターを押してくれる瞬間があるのだ。
そんなとき、写真は「撮るものではなく、撮らせてもらうもの」だと教えられる。
言葉が溢れ出るとき、シャッターが押されていくとき、自然の深遠に潜む何かとつながっているような気がしてならない。僕は成長の過程で、自分を規定するフィルターをたくさん持ち過ぎているのだろう。でもそれらが何かの拍子でふっと溶け去ったとき、地球の根源にある古い記憶とつながってゆく。人はみな、根源を一つにし、見えない計らいによって生かされているのだ。
生命は、今日も絶え間なく巡ってゆく。
                                ノムラテツヤ拝

ハートの木(c)
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テーマ:写真日記 - ジャンル:日記

パタゴニア | コメント:2 | トラックバック:0 |
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コメント

はじめまして^^
山元加津子さんのブログを読んでおじゃましました。
写真を拝見して、全身鳥肌で涙がでました☆
お礼を言いたくてコメントさせていただきました。
素晴らしい写真を見させて頂いてありがとうございます♪とっても嬉しいです*^^*
  またちょくちょくお邪魔させていただきます♪
2009-02-06 Fri 11:08 | URL | 未来 [ 編集 ]
自然はやはり偉大ですね。パタゴニアの森に住みながら、その営みの力強さに日々、心を打たれています。
2009-02-06 Fri 21:10 | URL | Tetsuya nomura [ 編集 ]

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