写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

国東半島

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神仏習合の地、国東半島。
宇佐方面から足を踏み入れると、予想以上の田舎だった。
コンビニもほとんど無く、民家もまばら。小高い山の上には白い文字でUSAの看板が。こんな場所に何故アメリカが? それが宇佐(USA)だと分かるのにしばしの時間がかかった。
神と仏が一緒に祀られた時代、つまり明治時代に神仏が分離され、廃仏毀釈される前の原風景が、国東半島にはある。
陸の繋がりで世界を考える昨今、国東は九州のどんずまり。でも海の繋がりで考えたら、国東は本州の山口や四国の愛媛に非常に近いのだ。
今から1300年前、神仏習合の原点となる山岳宗教「六郷満山」が開かれる。その中心地が宇佐神宮であり、国東半島の最高峰「両子山」だった。
まず訪れたのは、両子山麓に広がる霊山寺。ここで僕は心は一気に歓喜した。
左から霊山寺、実相院、六所神社と、神社、寺院、神社のサンドウィッチ。
天念寺周辺でも、同じく神社、寺院、神社、そして山々に架かる無明橋を仰ぎ見た。
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翌日、両子山の総本山、両子寺へ。
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山門には肉感あふれる仁王様が建ち、脇には清水が流れ落ちる。寺の入口には仏塔と石鳥居のコラボレーション。
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細い急坂を登っていくと、奥宮が崖をくり抜いて作られていた。
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中には千手観音と権現様。
まさに神仏が習合していた
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「もしも?」の世界が無いと分かっている。
でも、もしもが言えるのであれば、明治の神仏分離、廃仏毀釈が無かったら、今の日本はどのようになっていたのだろう。神仏が仲良く手を取り合い、僕たちの心の中にも、神社、寺院の隔たりが皆無だったら、どんな現実が生まれていたのだろう?
その世界を、こっそりと覗いてみたい、そしてそこで生きてみたいなと強く想う。
                  ノムラテツヤ拝
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