写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

氷の王様

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尊敬して止まない人がいる。
小林繁さん、79歳。霊峰・御嶽山の麓に建つ秋神温泉旅館主人であり、冬になると「氷点下の森」を作り上げる氷の王様だ。
そして、僕はいつも畏敬の念を込めて「飛騨の天皇」と呼ぶ。
友人の新聞記者に秋神温泉へ連れていってもらったのが22歳の時だから、もう20年も前になる。
繁さんは初対面の僕をニコヤカに迎え入れてくれ、繁さんの子供たちの秋神三兄弟と初対面。僕が求めていた世界がここにある。直感で初日に四男になりたいと申し出て、固めの杯を交わした。
僕の20代は、秋神と共にあった。
三兄弟と森を駆けずり回り、秋神川で鮎を食べきれないほど取り、夜にはお客さんも一緒になって、秘密のバーで酒を浴びるように飲んだ。
連日連夜、午前3時過ぎまで宴は続いたが、繁さんはいつも最後までいてくれた。翌朝、眠い目を擦りながらバーに行くと、机はピカピカに磨かれていた。毎日どれだけ早く起きようとも、その前に整理整頓が終わり、繁さんが「おはよう、コーヒー飲むか?」とひょっこり顔を出した。
「人間はどうやって美しく生きていくのか」
それを、繁さんは自分の背中で、僕たち若者に教えてくれた。
それにしても、繁さんは一体いつ寝ていたのだろう?
三兄弟に聞いても、横に首を振るだけ。
その答えを知りたくて、僕は繁さんの後を金魚の糞のように追っかけた。
山菜を取りに山へ入り、キノコを採りに沢を歩く。ひとつひとつの行動を共にすることで、無尽蔵の体力の在り処が分かってきた。
それは、シンプルに言えば、全身全霊で身の回りの自然を愛し、そこに生かされていることに心から感謝すること。更に、この美しい自然をどのようにすれば後世へ残せるか、そのために自分が何をすべきかを自問自答し続けることだった。
僕はこれほど山や川、森や林、野生動物や高山植物を愛した人を知らない。
全てを賭けて愛するからこそ、秋神温泉周辺の大自然も、小林繁という男性に無限の力を与え続けていたのだろう。
そんな小林さんが癌を宣告されたのが5月中旬。それも手の施しようのない末期の膵臓癌だった。入院をしている間に家族会議が行われ、抗がん剤治療を受けないことに。退院した小林さんは秋神温泉でいつものように暮らしたが、遂にその時がやってきた。癌が肥大化し、6月23日の11時に繁さんは旅館で倒れた。
それからも飛騨の仲間たちから逐一状態を教えてもらっていたが、三兄弟の次男としくんから「繁さんが昏睡状態になって危ない」と連絡を受けた。
昨日、横浜から岐阜の実家へ戻り、車で高山まで走る。病室へ行くと、女将の洋子さんが廊下で話されていた。
「洋子さん」
「てっちゃん。まぁまぁ、遠いところからわざわざ駆けつけてくれて」
駆け寄る洋子さんを抱きしめた。
「もうお父さん、朦朧として分からないかもしれないけれど」
病室へ入り、カーテンを開けると、痩せて小さくなった繁さんが横になっていた。
「お父さん、てっちゃんよ。てっちゃんが来てくれたのよ」
繁さんが顔を上げた瞬間、僕は泣き崩れた。
今までお世話になった思い出が走馬灯のように脳裏に浮かび、繁さんの腕に涙が止めどなく落ちた。繁さんも僕の声と泣き顔を見て、顔をクシャクシャにして、頭を縦に振った。
「繁さん、有難うございます。僕、本当にお世話になりっぱなしで」
涙で滲んで、ぼんやりとしか見えない繁さんを抱きしめると、耳元で繁さんの声がした。かすれた声で「あ・・・」、「あり・・・」。
「ありがとう」。
女将の洋子さん、繁さんの妹さんが次々にハンカチを渡してくれるが、溢れる涙をおさえる事が出来なかった。
「おとうさん、待っていたのよ、てっちゃんのこと。間に合ったのね」
繁さんの手から、ぎゅっと力が込められた。
ハンカチで涙をぬぐい、ようやく繁さんの顔がはっきりと見えた。
次の瞬間、繁さんが悪いことをする前の子供のように、ニヤリと笑ったような気がした。
手が鼻に伸び、差し込まれた管をするすると引っ張る。
あっ、と手を伸ばした瞬間、繁さんから管が抜け、血が僕の腕に飛んだ。
何が起こったか分からなかったが、繁さんを見ると、茶目っ気たっぷりで僕を見つめていた。
「四男のてつやの前で管なんか付けてられるか。お前の涙をしっかり受け取ったから、俺からは涙の血をな」と声が響いてきた。
血を拭きながら、さすが繁さん、と苦笑した。
そこからは気持ちよさそうに眠られ、繁さんはまた朦朧状態に。でもそう見えているだけですよね。しっかりみんなの声を聴いていますものね。
20時まで病室にいて、としくん、はなちゃんと秋神温泉で泊まり、今日は朝からまた病室へ向かった。
「昨夜はちょっと痛がってね。鎮痛剤を座薬で入れたから、頭が朦朧としているんだわ」と洋子さん。
でも声をかけて手を握ると、しっかりと握り返してくれた。
あと何日、繁さんはこの世で持ち時間があるのだろう。
皆様、どうぞ力を貸して下さい。
「繁さんが穏やかに、秋神の自然へ還られますように」と一緒に祈って下さい。
どうぞ宜しくお願い致します。
写真は繁さんと洋子さん、秋神さん兄弟です。
          ノムラテツヤ拝
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テーマ:スナップ写真 - ジャンル:写真

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コメント

繁さんが穏やかに、秋神の自然へ還られますように。
微力ながら、お祈り申し上げます。
2017-07-05 Wed 20:02 | URL | ずま [ 編集 ]
有難うございます。穏やかに還られました。
2017-07-06 Thu 16:07 | URL |  野村哲也 [ 編集 ]

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