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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

瑞泉寺

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鎌倉アルプスの最高峰「大平山」から瑞泉寺までの道は、光に満ち溢れていた。
ひかりのたまがコロコロと、葉の上や枝先を転がっていく。
10分ほど細道を下ると、左前方から強い氣が渦巻いているのを感じた。
看板も標識も無い。でもだからこそ、こんなところに秘密は隠されている。
日本各地に散らばる本物の聖地とは、実は奥ゆかしく隠されている場合が多い。
僅かに残る獣道を辿ると、大きな一枚岩が。
「磐座」
日本だけでなく、世界中に今も残る磐座信仰。
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「人間はどうして、巨木、巨石の下で祈りを捧げるのか?」
神の御神託を受けるため、自身の内なる神と出会うため、それともこの世とあの世の境を行き来するため。きっと、そのすべてが正しいのだと思う。
正方形の祠へ入ると、地蔵のような小さな仏塔が祀られていた。
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しんしんとした静謐な氣が渦巻き、ラジオの周波数のようにそこに自身の氣を合わせれば、その時代、誰が、どんな風に祈っていたのかが、イメージとして飛び込んでくる。
世界って面白い。すべてはエネルギーで作られ、今見ている現実も実は幻。見たいものだけを見て、感じたいものだけを感じる世界。
「嫌なことが日々起こる」という方もいらっしゃるだろうが、それはそこに氣を発しているから。「借金したい」と「借金したくない」は、全く同質の氣なのだ。だからこそ、最終的には「借金」というものが与えられる。
瑞泉寺は、由緒正しき寺だった。
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鎌倉時代に大きな庇護を受けた寺は、参道の苔むす階段から、高貴さと色気が漂った。
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境内は老梅の古木が生い茂り、地元の方なのか、丁寧に祈られているおばあさまの姿。
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神社も寺院も、世界中みな同じ。自分の夢や願いを言上げ(ことあげ)する地ではなく、貴社の益々のご発展を祈らせてもらう場所。もしくはいつも見守って下さる神様や仏陀の幸せを祈らせてもらう場だと信じている。
瑞泉寺の最も奥には巨大な祠があり、そこで僧たちの修業した跡が見てとれた。
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瞑想、禅、ヨーガ、祈祷、太極拳。入口となる扉は多種多様だが、行きつく先はひとつ。それは穏やかな心で、自然に自身の存在が溶け合う世界。それを実感した人、その道を極めた人たちが気付く真意。それは、世の中はとてもシンプルに作られていて、灯台下暗しだったということ。
だって「ありがとう」と心の底から感謝をすれば、皆、誰でも一瞬でその世界へ入っていけるのだから。
境内で、真紅に染まるもみじを見上げる。その瞬間、僕はもみじになり、もみじは僕になる。
ノムラテツヤ拝
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テーマ:スナップ写真 - ジャンル:写真

日本 | コメント:4 | トラックバック:0 |
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コメント

당신의 작품들을 언제나 감명 깊게 감상하고 있는 한국인 박종훈이라고 합니다. 위에 게시한 磐座는 한국에 널리 분포되어 수 백개 씩 흩어져 산재하고 있습니다. 한국에서는 '고인돌'이라고 부릅니다. 항상 아름다운 작품들로 함께 호흡하고 있는 것 같아 국경을 초월해 박수드립니다..
2018-12-04 Tue 20:18 | URL | 박종훈 [ 編集 ]
아무래도 고맙습니다.
2018-12-04 Tue 21:45 | URL |  野村哲也 [ 編集 ]
鎌倉は縁もあり愛着のある土地です。
野村先生の切り取った鎌倉は新しく、とびきり神秘が隠されていて魅力的に感じます。

イワクラに触れていらしたので少し。

日本の神社の思想の根底を支える神道は偶像崇拝を断り、アミニズムであり続けました。神道は八百万の神様が人に対してメッセージを発信する形です。決して神が人を支配することはありません。遡れば縄文時代にイワクラ信仰で和を保つことに成功した記憶が大和の人に口述で伝えられたことの蓄積です。

例えば『悪いことばかりある』という人に向けて、磐座信者は圧倒的な威信で神意を考えることを途とするでしょうし、『借金』への興味のある者にはカムナビがその人なりの役割を考えるように諭すでしょう。

長くなり申し訳ありません。

イワクラを仰いだのは神が先にあったからではなくて生きるために仲間を繋ぐ想いを熟成したかった人の熱い意思だと私は理解します。

非力な人が生き残るために仲間をつくることが鍵だと子や孫に教えることが出来た部族だけが実際には生き残っているんですよね、きっと。

ちはやぶる神が染め付けたもみじの緋は哀しいほど生きることを表現していて泣けました。
2018-12-05 Wed 20:28 | URL | 松熊貴代 [ 編集 ]
磐座は美しき光のバトンですね。
丁寧な解説をどうも有難うございます。
          
2018-12-06 Thu 07:58 | URL |  野村哲也 [ 編集 ]

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