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写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”

ゼロの絵

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2年前、僕は記念講演に呼ばれて名古屋にいた。
会場の後方で控え、もうすぐ出番という時、最後列で絵を描いている一人の青年の絵に目が釘付けとなった。
一流の絵と、二流の絵、その差は一体どこにあるのだろう?世界最高峰の画家、フェルメールの作品をいくつか鑑賞すれば、その答えはおぼろげに見えてくる。
五感で感じる美を大切にし、心から湧き上がるものを表現することが芸術の真意なら、そこから更に自分という存在を消す、またはその芸術表現の中に完全に自身を溶け合わせたものを、一流と呼ぶ。つまり、個性がゼロ。そのままのリアルな現実が、絵というキャンパスに封じ込まれているのだ。それは見る者と絵画の間に画家を一切感じさせないため、、その時代の喧騒や香りまでもが、ありありと浮かび上がってくる。自分を消す、または存在を宙に溶かす。これは教えて出来るものではなく、自分で没頭した時や、神がかった時に初めて実感する、芸術家の僥倖だ。
まさか・・・、彼の絵は一見カラフルな点が不規則に並んでいるが、俯瞰して見ると、完璧な調和を奏でていた。
「ゼロの状態で描かれていますね」。横にいたお母さんにそう伝え、僕は壇上へ向かった。
講演を終えてから、少しだけお話する機会が。画家の名前は平川慧くん。相手の心も、自分の心も、とても大切にする青年だった。
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まるで、現代の山下清画伯だな。慧くんが描く点とや模様が、画伯のちぎり絵と重なった。山下清画伯の作品で、僕が最も愛しているのが「長岡の花火」。この絵もまた、山下清という存在が消えた傑作だ。
長岡

「野村さん、慧の作品が、近くのお店の包装紙に使われるようになって」
秋田県能代市の「木能実」さんの製品(ドライフルーツ)が、カラフルな色合いの包装紙に包まれて、手元に届いたのが昨日。慧くん、おめでとう。これからも素敵な「ゼロの絵」を描き続けて下さいね。期待しています。
ノムラテツヤ拝
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テーマ:スナップ写真 - ジャンル:写真

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